第15話 おい、なんで風呂が同じなんだ

 本日もよいシゴキだった。 


 俺も大いに汗をかいた。流石に発汗作用無しで動き続けるには限界がある。

 侵入ミッションでは体液一つ残してはいけないが、訓練所を走り回るのにそんな無駄な工夫は必要ない。


「今日はここまでだ。各自クールダウンをしておくように」

 もはや返事もないか。

 持久走の後はひたすらに筋力に負荷をかけたトレーニングをした。

 目標は完全装備で縦横無尽に動き回り、継戦能力を維持し続けることだ。戦闘ができるというのは、それだけでも相手に対して圧迫をかけることができる。


 重力を付加して素振りもさせてみたが、大抵3回程度でへばってしまった。

 まだまだ始まったばかりだが、道は険しいだろう。


――

「この世界にも風呂という概念があって助かった。汗まみれで寝るのは気分が悪いしな。余分な匂いをつけないように気をつければ、まあ大丈夫だろう」


 ガラスが開発されていることにも驚いたが、ガラリと開いた先に広がる湯船には感動した。しっかりと練られたタイルで作られた床を踏みしめ、俺はまず体を清めることにした。


「ふう、流石に水道はないか。恐らくは水魔法と火魔法でお湯を作成しているのだろう。自前でシャワーでも作ろうか……」

 洗浄後湯船につかり、ゆっくり思案していると、外が俄かに騒がしくなってきた。


「今日は皆さんお疲れさまでした。ゆっくりと湯につかって、疲労を取ってくださいね」

「はい……お姉さま。もうフォークも持てませんわ」


 この声は……フレリアとレティシア……だと。

 曇ったガラス越しに凹凸のくっきりとしたシルエットが浮かぶ。


「あら、もう来ている団員がいるようですね。お邪魔しましょうか」

「はい。早く汗を流したいですわ」


 その後もぞろぞろと人が入ってくる。

 まずい、てっきり士官用に湯船が分かれているのかと思い込んでいた。

 女性だけの騎士団で、男湯の概念があるはずもない。くそ、失敗した。


「術理展開—―風精透化エアリーブレス……くそ、それは卑怯だな。まあいい。これも訓練だ。前線に出れば男女の区別などあって無きが如しだろう。早めに慣れさせておくか」

 まったく言い訳になっていないが、俺は逃げんぞ。


「—―えっ」

「うむ、ご苦労」


 いやああああああああああああああああああっ!!

 耳、耳がキーンとする。

 なぜ女性はここまで破壊的な音声を発することができるのだろうか。

 きっと発声器官に差異があるのかもしれない。


「ななななな、なんでリオンがっ! ああ、素肌を……そんな、どうしましょう……」

「あわわわ、私もですフレリア様……殿方に見られるとは、一生の不覚ですわ」


 まあ、後続の子女たちの姿もばっちり見えているのだが、あえて火事を広げる必要もないだろう。


「男女共用だったんだな。すまんな」

 うるさい! とばかりにバタン、と勢いよくドアを閉められる。

 流石に良家のお嬢様に、真っ裸は厳しかったか。毒でも盛られなければいいが。


 やがてきちんとチュニックを着こんだフレリアが、風呂場までやってきた。

 背後ではえぐえぐと泣いている女子多数。とても嫌な予感がする。


「リオン、あなたという人は……いえ、伝えていなかった私たちにも非がありますが……それでもこれだけは言わせてくださいませ。誰を選ぶのですか?」

「言っている意味がわかりません。風呂の使用については俺にも過失があるので、そこは謝罪します。だが選ぶと言うのはどういう意味でしょうか? 質問で返して申し訳ないですが、魔族の慣習は俺もまだ熟知していないのです」


「無理に敬語は付けなくてもいいですよ、リオン。そういう場合ではなくなりましたので」

「そ、そうなのか」


 はあ、と大きなため息をつかれ、ジト目で見つめられる。

「貴族の子女は、婚姻後の殿方にしか裸を見せない定めです。もし見られてしまったら、口を封じるか、婚姻するしかありません」


 理解した。これは危機だ。


「つまり、選ぶというのは……」

「魔族は一人につき五名まで妻を持つことが許されています。騎士団の中から、リオンには五名妻を選んでもらわなくてはいけません」

「口を封じるというのはどうだ」

「考えましたが、私たちの腕ではリオンに対抗することはできません。ですので……」


 いや、訓練中も割と色々見えてたんだがな。

 どの辺までがセーフで、何からがアウトなのかわからない。これは魔族のフィーリングによるものだろうか。


「言ってなかったことがある。フレリア、俺は目が悪い。極度の近眼なんだ」

「……言い逃れをするおつもりですか?」

 フレリアの金色の瞳が光る。緑色の髪が静かに揺れ、風呂場でも凍死しそうなほどの怒気をはらんでいた。


「今話している距離は、歩数にして五歩程度だろうか。残念ながら、ここからフレリアの顔はぼやけて良く見えん。よほど接近されればわかるが、嘘はついてない」

「この指は何本ですか」

「三本だ。ぼんやりとはわかると言っただろう。細かいパーツがわからんのだ。これは俺の弱点だからあまり言いたくなかったんだがな」


 まあ事実だ。俺は遺伝的に視力が弱い。普段は魔力でアシストしているが、マナの供給を切るととたんに周りの世界がピカソの絵画になる。


「嘘は言っていない瞳ですね。信じます。では私たちが一緒に入っても問題はないのですね」

「それは大ありだと思うぞ。その発想は飛躍にすぎる」


 ふふふ、と笑ってフレリアは言う。

「であれば、目を封印していてくださいませ。乙女は一刻も早く綺麗になりたいのが信条です。リオン、間違っても見たり、触ったり、嗅いだり、含んだりしないように」

「含む……とは……」


 待て、いまからここに代わる代わる貴族令嬢が入浴しにくるのか。

 そして致命的なミスとして、俺はタオルを脱衣所に置き忘れてきた。

 

 流石に無防備のフルオープンで淑女の前に出ていくわけにはいかない。

 クソ……四条理御、一生の不覚だ!

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