第16話 話しかけるな、俺は石像だ。

 風呂の時間は今後の課題として、今はどうにか切り抜けなくてはいけない。

 俺は全裸だ。

 まったくの防衛装備無しで、俺は湯船の中にいる。

 さりとて脱出しようとして貴族令嬢の前に出ると、永遠の変質者扱いされるだろう。


 お互いにさん付けや様付けという、敬称のないように。フレリアが訓練にあたって提案してきたことだ。

 それがこんな場所で使われることになるとは……。


「リオン、申し訳ないのですが、時間を譲ってはいただけませんか」

「そうしたいのはやまやまだがな……」

 フレリアの申し訳なさそうな声に、俺も罪悪感を感じないわけではない。

 こんな場所で不毛な権利主張をしても意味がない。


「実はだな、ないんだ。隠すものが」

「ええ、え、その……どうしましょうか」

「何か隠せるものを貸してくれると……」

「それはちょっと……」


 まあ局部に当てていい物品を提供しろと言ってるのだ。

 普通に断られるだろうよ。


「—―わかった。俺は目をつむって湯船の端で壁の方を向いている。かなり危険な賭けになるが、俺のことは気にせずサクっと入浴を済ませてほしい」

「……わかりました」


 これより俺は石像と化す。

 体温の調節、水分の保護、視覚遮断。湿度管理。

 こんなことの魔法を使うのは情けない限りだが、今後の俺の生活に影響する案件だ。手を抜くわけにはいかない。


「フレリア様、その……」

「リオンは紳士にも、視界をふさいでいてくれるそうです。ですので、信じて手早く終わらせてしまいましょう」


「でも既に肌を……」

「リオンは人間です。このようなことを言うのは差別的ですが、魔族の習慣には該当しないと判断します。それに極度の近眼のようですので、今日は何もなかったということで通してください」


 わいわい、と言うほどでもないが、不審に思う声と共に、女性陣が入ってくるのが伝わる。

 聴覚も遮断すべきとも思うが、流石に平衡感覚が保てなくなる。


「ねえ……あの人間こっち見てる?」

「でもフレリア様が大丈夫だって……。もう肌見られたし、どうしよう」

「結婚……しちゃっていいのかな?」


 暑い。

 すまん、早くしてくれ。

 

「ま、まあ気にしない気にしない。さ、洗お」

「う、うん……そうだね! はあ、すっごい汗。それにもう手が挙がらないよ」

「日焼けしちゃったなぁ……耳の先まで痛いよ」

 

 リアルな意見が聞こえる。

 笑い声も出ていることから、既に俺を置き物として認識し始めているのだろうか。


「うわ、綺麗な桃色……いいなぁ」

「ちょっと、つまむな!」

「張りもあるし、これなら殿方が喜ぶんじゃない?」

「そんなつもりで育ってるわけじゃないわよ!」


 むせる。

 だいぶはしゃいできているようだ。

 女性は長風呂と聞くが、手入れに時間がかかるものと思っていた。

 トークも挟むとなると、さて何時間かかるのだろうか。


「うわポーラ、すっごい大きい。顔ぐらいあるんじゃない?」

「ご先祖様に牛人系がいるから……実はもう出るの」

「えっ、まさか……」

「違うわよ、身重で騎士団に居るわけがないでしょう。少女が終わったのと同じ時から、結構出るようになっちゃって。もう絞るのが大変」

「種族たくさんあるもんね。私なんてほら、お腹に紋様があってさ。決まった殿方に反応するんだって」


 聞いてはけないのだろうが、参考になる。

 つまり魔族はそれぞれの特性を掛け合わせて、ハイブリッドが生まれる可能性があるのか。潜在的な戦闘力は相当に高そうだ。


「あ、れ……マリーニャ、なんか紋様が赤くなってきてない?」

「え、嘘! なんで? だめ、これが染まっちゃったら、私運命決まっちゃう! なんでなんで!?」


「あ……まさか……あの人間」

「う……そ……え、私、そういうことなの……?」


 俺は石像Aだ。見るな。話しかけるな。

 今日は何もなかった。いいね。


「ね、ねえ人間。アンタ……」

「いけませんよ、マリーニャ。その人は必死に今耐えているのです。話しかけてはいけません」

「フレリア様……でもお腹がすっごく熱くなってきて……私、変なんです」


「マリーニャもそうなんだ。実は私も紋様が……」

「え、みんなも? アイラとチャイカも赤くなってたし」


 赤いのは紅葉だろう。秋の風物詩としてとらえてくれれば嬉しい。

 季節は移ろい、やがて山河に消える。

 詫び寂びと禅の境地だ。

 

 まろびでる冗談はさておき、これ以上ここにとどまるのは危険だ。

 色々な意味で取り返しのつかなくなるということは、経験の少ない俺でもわかる。

 

 仕方がない。これだけはやりたくなかったのだが、手段を選んでいられなくなった。禁忌ではないが、俺の中では永久封印したはずの術理を呼び起こす。


「術理展開—―黒歴史デッドアーカイブからプライマリフォルダへ。性別転換トランスミラー—―Run」


 体の骨が再構築され、肉体の表面が移動する。この不快感は絶叫ものだが、声を上げるわけにはいかない。強制的に性別を変えるのだ、全身に変化した部分が強引に表出し、激痛が走る。


「どうだ……あー、あー。よし、声は変わったか。相変わらず変化しても面白みのない体だ」


 どうも俺は性別転換の術理を使うと、肉体年齢が下がるらしい。

 俺の年齢は18だが、今はおそらく12歳前後だろう。

 あばら骨が浮き出て、のっぺりとしたお尻のラインが貧相だ。


「フレリア、いるか?」

「あら、どなたかしら? ここは騎士団のお風呂場ですよ」

「俺だ、俺。リオンだ」

「……まぁ♪」


 一瞬だが、フレリアの瞳が肉食獣のそれに見えたが、話を続けよう。

「同じ女の姿なら抜け出せるだろうか。これ以上女性陣を刺激すると、取り返しのつかないことになりそうでな」

「ふふふ、別に大丈夫ですよ、手遅れですから。さあ、リオン、折角ですから私がお背中を流してあげましょう。ほーら、こっちですよー」

「いや、おい。やめろ、そんなにまじまじと見るな。中身は男なんだぞ」


 フレリアに恐ろしい力で掴まれた俺は、必要のない部分まで念入りに洗われることになる。ボディは清潔になったのだが、何かが汚れた気がするのは間違ってるだろうか。

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