第14話 走れひよっこども。

 貴族令嬢を叩きのめす、というのは人聞きが悪いが、これも軍務だから仕方がない。さして時間もかからず、隊長格だけでなく全員に大地の味を教え込んだ。


「もうおしまいか。はっきり言おう。お前らの戦闘力は論外だ。これでは遠足もままならん」

「人間風情が……この……はぁ、はぁ……」


 もう息が上がっている。部隊長クラスでこの体力の無さだ。一般の騎士はお察しである。


「全員鎧を脱げ。平服になって再度整列だ。時間は3分—―よろしいですね、フレリア様」

「ええ、鍛えなおしてあげて頂戴」


 敬愛するフレリアお姉さまに言われては、彼女たちも従わざるをえまい。権力と権威は使いどころが肝心だ。恨まれようとも生存率を高めるためなら、なんでもやってやろう。

 それがこの世界で人間が行った暴虐への、贖罪の一つだと俺は考えた。


「よし、では今から俺と一緒にひたすらに訓練場を走る。良いと言うまで止まるな、歩くな、しゃがみこむな。どんなに無様でもいいからついてこい」

「私もやりましょう。リオン、遠慮なく厳しくしてください」

「フレリア様もですか……わかりました。では始めましょう」


 やることは簡単。一定の速度を保って走り続けるのみ。まあ距離にして30キロくらいは走るつもりだが、何人ついてこれるか。

 なぜこのようなことをするか。それは兵士の一番の仕事は走って、陣形を組んで、戦って、逃げることだからだ。常に体力をキープし、いつでも動けるようにしておかなくてはならない。運動能力をなくした個体から先に死んでいくものである。


「はあっはあっはあっ」

「ま、まだ……ですの……」

「み……ず……」


 まだ一時間しか経ってないぞ。

 本来はきちんと鎧をつけ、背嚢も持たせたフル装備で走らせる予定だった。だが先に基礎体力を上げておかないと死人がでるな、これは。


「速度を保て。あと3時間ほどで終わる」

「さん……じかん……」


 俺の言葉が絶望のトリガーとなったのか、やがてポツポツとその場で崩れ落ちる騎士たちが現れた。まあ想定内だから、構わん。

 最初から走り切れるとは思っていないし、そんな能力があるのであれば後方地帯で燻ってはいないだろう。


「もう半分離脱か。これでよく前線に行くなどと言えたな。ほら速度を上げていくぞ」

「し、しぬ……お母さま……」

「げほっげほっ、もうだめ……」


 フレリアもかなり食らいついてきていたが、流石に限界のようだ。時間にして二時間半。まあ最初にしてはよく頑張った方か。


「全滅判定だ。これが撤退戦だったら、お前たちは全員敵の捕虜になっている。こんなことを言いたくはないが、お前たちは女だ。どんな扱いを受けるか想像に難くないだろう」


 もうあまり声が届いていないようだ。

 身軽な平服での持久走は軍人の基礎中の基礎。敵地を急襲し、戦い続け、急撤退するのは軍の運用ではよくある作戦だ。

 ついてこれない兵士はそれこそ槍衾の前にでも立たせておくだけの、肉盾になってしまう。


「フレリア様。しばらくは持久力、筋力、基礎能力を向上させる訓練を施そうと思います。このままでは前線にたどり着くのも至難の業かと」

「ふう、はあ、私がこのザマなのですから、しょうがありませんね。リオン、あなたの手腕に期待します」

「お任せください」


 ちょうどいい。俺も最近は魔法戦ばかりで鈍っていたところだ。

 訓練というのは、率先垂範してこそ意味がある。目の前で上官が訓練をこなし、きちんと課題をクリアできることを見せつける。それでこそ兵はついてくるというものだ。


「今日はこのまま解散とする。一つだけ言っておこう。諸君らの愛国の覚悟に報いて、明日からは流す涙すら惜しいと思うほどの訓練を行う。今日の夜は震えて眠るといい」


 適度に脅しも挟んでおく。脱落するものも出るだろうが、それは仕方のないことだ。軍には向き不向きはあるし、明らかな能力不足のものを抱えていると、全滅の憂き目にあう場合がある。


 俺は与えられた士官用の幕舎で、行水をした後に横になる。

 藁の上にシーツをかけただけの粗末なものだが、まあ敵性民族であることを考えればまだマシな待遇だろう。

 

 眠気はこない。

 俺はまだ何も教え切れていないし、これからどうキャリアを積ませるかを考えなくてはいけない。

 目標は戦死者ゼロだ。必ずや全員を守ってみせる。

 これ以上、人間の暴威で魔族が悲劇に会うのはまっぴらごめんだ。


――

「あいつ、寝ましたの?」

「……ねえ、やめましょうよレティシア。闇討ちなんて騎士にあるまじき行為ですわ」

「悔しくないんですの? このままだと私たちの名誉が守られませんわ。せめて一太刀は浴びせないと、散っていった仲間に合わせる顔がありませんことよ」


 まだダルシアン儀仗騎士団の戦死者はいない。レティシアが言っているのは他の兵士たちのことだろうが、やり方が汚いと、連れである第二部隊隊長のクリスフィーネは顔をしかめていた。


「殿方の寝所に入り込むなど、淑女の教えに反しますわ。レティシア、やはりやめましょう」

「私はこのままだと涙が悔しさで止まりませんわ。絶対にぎゃふんと言わせてやりましてよ!」

「でも、あのリオンとかいう人間、戦い慣れてる気が……あ……」

「だからなんだと言うのですか。寝込みは誰でも無防備に決まっています」


 クリスフィーネは震える指で、憤慨しているレティシアの後ろを指す。

「なんですの? 突入前だというのに、そんな……こ……と」

 異変に気付いたのはレティシアも同じだった。


「深夜のパーティーは楽しそうだな、お嬢ちゃんがた」

「あ……あの……」


 リオンは彼女らを散々に叩きのめして、訓練でも差を見せつけたのだ。夜襲を行って鬱憤を晴らそうとするのは至極当然な行動だろうと予測していた。


「まだまだ元気なようだな。よかろう。俺が剣の稽古をつけてやる。こっちにこい。泣いたり笑ったりできなくしてやろう」


「ひ、ひいっ!」

 脱兎のごとく逃げだす二人を見て、俺も甘いなとリオンは黒髪の頭を掻いた。

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