第12話 大矢(母親もどき)ミドリの解体ショー。
どんよりとした、ゴミのような灰雲。
ゴ~~~ン………、ゴ~~~ン………
もの悲しく、街のチャイムが響きます。
私はまた、あの図書館の前でマドカと待ち合わせすることになりました。
どうやら、彼女は閉館まで勉強しているとのこと。その後に、時間をつくると言っていました。
おそらく初めてでしょう。彼女に、私が待たされるなんて。ただ、今日に限ってはそんな待ち時間も悪くありません。
暗く低い空。黄砂まじりの風。うっすらと赤い月。血を流して浮かんでいるようで、一日が尽きることをしみじみと実感できます。
一般道では帰宅を急ぐ車であふれていました。手形のついた窓ガラス。そのほとんどが居眠り中。ドライバーすら前を向いておらず、スクールバスもやけに凹んでいました。
そんな光景をあてどなく眺めていると、不意に後ろから怒声です。
「もう金輪際、図書館には来ないから!」
声の主はマドカでした。
白いブラウスに、白いスカート。言葉遣いもそうですが、今日はめずらしく清楚な姿です。まるでこれから法廷に立つような、表情さえもキリッとしていました。ただ、ものすごく興奮していました。
「この図書館ってところは人種差別の一等地よ!
現役の学生やら、スーツを着た若い社会人やら、フレッシュで清廉の御用達って? どれだけお高くとまっているの!
そうじゃない落第者には、本当に冷たい目線を向けてくる。近寄らせない雰囲気をかもしだす。疎外感で殺しに来る。
クスクス…… クスクス……
『アレッ? 去年も勉強していましたよね。かわいそうに』じゃねぇよ!」
私はのどをつまらせます。
よくもまあ、ツラツラと悪態を。正直、マドカの精神状態がそう見せるのでしょう。だからこそ、こんな彼女が銃を持っていいはずがありません。私が取り上げるべきなのです。
それでも適当になだめる私でした。
「止めなよ。そんな大声だと、誰かに聞かれるよ。そもそも図書館なんて、蔵書のたまり場。それだけよ。割り切らないと」
マドカは鼻を鳴らします。
「フンッ! それを言うなら、ホコリとプライドのたまり場よ」
「でもね、怒ると体臭もたまるからさ」
「へ~~~。それ、ホントの話?」
「ええ。だから、そういう目で見られていたんじゃない? でも、前回と違って元気そうだね。そこだけは安心したわ」
「ありがとう。でも、アケミもね。てっきりウルルとヒラリに会って、落ち込んでいると思ったけど」
首をかしげる私です。
今日の彼女はいつもと違う。大口をたたく。物怖じしない。なにより感情に強さがある。しかし、今回はおおよそのからくりがわかりました。なぜなら、さっきまで私がヒラリと会っていた公園ですが、その目の前の公営団地がマドカの住まいだったからです。
名前の欠けた集合ポスト。洗濯を干せば、ハトのフン。階段しかない五階まで毎日、売れないミュージシャンの歌声を聞き続ける上り下り。
おそらくでしょう。
ブランコをゆらす私たちの姿を団地の五階から、彼女はけなげに見ていたはずです。
ただ、急に私から連絡が来てしまう。そこでコソコソと先回りして、図書館へ逃げ込んだ。さらには、自分の恥ずかしさを隠すためにわめき散らす醜態だったのでしょう。
マドカとはどこまでも演技かかった、小さな生きものでした。
私は嫌味を交えて聞き返します。
「そうね。じゃあ、私が落ち込む理由まで知ってるってこと?」
マドカの悪いえくぼです。
「もちろん。それは私が銃を持っていると知ったからじゃない? ウルルの店の銃だね。
でも、本物の銃って練習しないと撃てないもの。かまえて、ねらって、両手で撃つをスムーズに」
気に入らない。なんなら、ウザい解説も気に入らない。私の予想の上で返してくるとは。
ただ、マドカから銃をもらい受けるにはそれなりに寄りそう必要がありました。
「なるほど、銃の練習ね。でも、そう言ってるマドカは練習したの? 土手の犬猫を切りつけた?」
「フフフッ。ああ、あれは私じゃあ~~~ない。そもそも銃じゃないから。上から見ていたけど、雨がうるさくて犯人はわからなかったってことで」
マドカの臭い話しぶり。ダメよ、寄りそうこと。
そうそう、高所から見下ろす彼女の目線には親近感がわいてくるもの。その圧倒的で裁きを下すような優越感。ええ、あの母親もどきが千手大橋から落とされるときも、私はそんな優越感にひたっていました。最高に気持ち良かった。
それは私のオーガズムの回想。 こころの法廷。
当初、四人で卒業旅行を予定していた卒業式明けのことでした。
ついにマドカの浪人が決定。まあ、彼女はどうも私たちと受かるのをおそれて、気が入っていない、そんな気もしていました。むしろ、予想通りです。
加えて、台風級の大雨が続き、旅行は次週へ延期となりました。ただ、レンタカーはすでに私名義で借りています。そこで一週間と伸ばしました。
さて、真夜中になっても大雨が窓をたたく私の自宅です。案の定、となりの寝室では言い争いが起きていました。
分厚い壁。耳をすませると、何やら母親もどきが怒鳴っていました。お父さんはその前でイスに座っているようでした。
「実の娘に手を出すなんて、頭おかしいじゃないの?」
「………アケミとは生まれてから一緒だ。………あいつにはストレスを発散させてあげる場所が必要だった」
ほう、始まったしまいましたか。私はほくそ笑みます。
ある程度、私たちの情事を残していましたから。おそらく、私がいない日をねらって問い詰めるつもりだったのでしょう。
でも、たえられなくなったのでしょうね。
金切り声。
「何、それ? ホントの話? 正論ぶっているところ、すごく気持ち悪いんだけど!」
「………じゃあ、君はアケミの支えになってやれたのか?」
私は念じます。
お父さん、がんばれと。
「確かにぜんぜん、なつかなかったけど。それとこれとは話が別。あなたのやっていることは近親相姦よ! 今の社会じゃ、けだもの扱い!」
「………じゃあ、私をけだものと言うなら娘もけだもの扱いか? もともとそんな目で見ていたから、なつかなかったんじゃないのか?」
「とにかく、卒業したらアケミは一人で暮らさせます。そして、私の母国のアメリカへ語学留学させます。いいですね」
「………つくづく君は鼻の高い物言いをする。家庭教師だったころの影響か?」
「それなら、あなたは言葉を変えて、はぐらかすのは銀行マンの特徴ですか? えっと、ゴメンなさい。元銀行マンの特徴かしら?」
やっぱり大人の嘆きには、ろくなことはないでしょう。ただ、二人の重苦しい沈黙は終わりの始まりの快音でした。
お父さんの胃液まじりの声。
「………じゃあ、君はどうしたいんだよ?」
高ぶった、そしてゆできった金切り声。
「その通りよ。娘との関係を終わらせて、留学させる! 私があなたを人に戻す」
やや、イスが倒れた。
………うるさいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!! ゴガガッ!!!!!
私は声を殺しながら、大喜びです。
おそらくお父さんは何かでなぐった! 寝室に私がプレゼントしたアンティーク調の重いランプ。役に立ったか?
さあさあ、すぐさま私は真顔に戻して寝室へ突入です!
「どうしたの? すごい物音だったけど!」
こういうときの演技ならお任せを。あふれんばかりに、驚きます。そこには頭がい骨を陥没させた母親もどきが横たわっていました。
放心しているお父さん。かわいそう。私はあわてて彼女の手首をつかみます。
「………脈がない。………死んでる」
私の背中は愉快に笑っていました。
へたり込んでいるお父さん。過呼吸のまま、うったえます。
「………と、とりあえず、救急を呼ぼう」
その手には変形したランプ。カサの部分がブロンズだったため、破片が散らばることもありませんでした。
私も取り乱すフリをします。
「どうしよう。でも、死んでる。呼んだところで無理だと思う」
でも、伝わる生命力。お父さんへ口元を見せないように影にします。
ソレデモ、お父さんノ手ガ伸ビル、固定電話ニ。
「呼ぼう、呼ぼう、呼ぼう」
「でも、生き返ったらまた言い争いよ。もう、止めようよ。また、繰り返すの?」
私は寝室の電気を切ります。そして、カーテンをサッと閉めていきました。
頭をかきむしるお父さん。でも、もう少しのしんぼうよ。
「呼ぼう、呼ぼう」
「わかった、わかったから。 も、まずは落ち着かない?」
いいえ、暗くなればこっちのもの。さまようお父さんの指は受話器に汗を伝えていました。
お父さんの深すぎるため息。大丈夫。もう一踏ん張り。
「呼ぼう」
「わかったから。でも、いったん、聞いて。
私に良い考え方があるの。まずはバスルームにお湯をためて、この死体をつけるのよ。あっためて血が固まるのを防ぐから。そうすると死亡時刻がわかりづらくなるから」
私は口角を広げながら、説得します。
「いや、あ、ううぅ、死体って」
アラアラ、言葉になってない。その手からもランプがすべり落ちましたよ。でも、通報の機会を逃したその手はすでに同意とみていいでしょう。
私は深刻なフリをして、手と顔を洗ってくるよう言いました。お父さんを一人にさせることは危険でしたが、私に相談もなく通報はありえないでしょう。私を売ることになるのですから。
そして、キッチンからビニール手袋を箱ごと持ってきてとも伝えました。案の定、お父さんは激しく肩を上下しながら、寝室を後にしました。
さて、ようやく二人きりね。
耳をそばだてると嵐に混じって、薄い呼吸が聞こえてくる。私はようやくここで満面の笑みを向けました。
「まだ、聞こえてる? これからのこともよく聞くてね。
まずはおまえを風呂に沈める。それから、柔らかくなったところで血抜きかな。カッターでいいでしょ? まずは乳房をはぎ取る。さすがにシロウトが心臓を取り出すのは無理だから、何回か突き刺してあげるね。
大丈夫。血が抜けきったら、あなたが大事にしていた髪の毛はむしり取るわ。歯も取る。指もけずる。そして、持ってきたスーツケースにつめ込んで、橋から落としてあげるから!」
わずかに首を左右にふる仕草。
その弱々しさには思わず苦笑です。私は寝室にしまってあった紫のスーツケースを持ち出し、バスルームまでうまく彼女運んでいきました。
なかなか重いわね。肉ばっかり喰ってたからでしょう。そして、私の
ドボドボと、ぬるいお湯を張っていきます。
銀行では役員でも、英語の修得の必要性がさけばれたそうです。そこで、大金をはたいて彼女を雇うことになりました。もちろん、仕事後の個人レッスンです。それが勉強の片手間、料理もつくったり、掃除もしたりと味と臭いを変えていく。そうやって、私の家を臭くしていったのです!
ええ、ええ。怒っていたから、ひどい悪臭じゃない。
それもこれも、もうサヨウナラね。今はお父さんが寝室をクリーニング中。失踪届も元アメリカ人なら、遅くてもいいでしょう。ご近所さんには帰国したって、言えばいいしね。
私は丁寧に彼女の上着を脱がしていきます。
「さっき、けだものって、よく言ったわねぇ。でもね、私はけだものになるための努力をちゃんとしてたのよね。
いつも三人で夕食のときに、たびたび伝えていなかった? 同級生のミドリのいじめのこと。
あれ、実はただの実験台だったの。私の良心の実験台だったのよ。
血に慣れること。深い傷に慣れること。過激になっていく、その過程に気づかなかった? それともためらったのかな?
どっちにしろ、やっぱりおまえは母親失格だ! クヒヒヒヒッ‼」
ホント、パジャマは裸にむきやすい。
バスタブへぶち込む。だから、こうやってもがき苦しむ頭を沈めるのも愉快で仕方ありませんでした。どうかこの臭いもこの世から持ち去ってもらいたいと洗剤もぶち込みましたけど。
私は黒い舌でべろりとなめる。
「ねぇ、まだ聞こえてるかしら?
これからおまえの部品を切り刻むけど、来週の卒業旅行で遊園地やら観光地やらのゴミ箱に捨ててくる。
そう。髪も歯も指も、バ~ラバラ。繁忙期のゴミ箱なんて、わざわざ調べるやつ、いないからね。せいぜい、楽しんでくださいなってね」
さあ、最後に洗剤で髪を洗ってあげる♥
10本の指でぐしゃぐやと音を立てました。目に指が入ろうがおかまいなし。強引に引っ張り上げて、ブブチッブブチ‼ 水面には果てしないアワ。
白さと血で波打つバスタブ。とても縁起の良い日だと実感しました。
その夜、サイレンが鳴ることはありませんでした。
呪い指 シバゼミ @shibazemi
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