第11話 子殺 綾小路円夏(マドカ)はのぞいている。
どんよりとした、ワタゴミのような灰雲。
もの悲しく、街のチャイムが響きます。
マドカとはまた、あの図書館の前で待ち合わせすることになりました。
彼女はそこで勉強しているとのこと。閉館後に、時間をつくると言っていました。
おそらくは初めてでしょう。彼女に、私が待たされるなんて。まったく世も末じゃないでしょうか。
ただ、今日に限ってはそんな待ち時間も悪くありません。どうにも晴れない空。吹き込む黄砂まじりの風。振り向けば、赤く光る月。一日が尽きることをしみじみと実感できます。
一般道では帰宅を急ぐ車であふれていました。そのほとんどが居眠りして前を向いておらず、スクールバスもやけに凹んでいました。
そんな光景をあてどなく眺めていると、後ろから声が聞こえてきます。
「もう金輪際、ここの図書館には来ないから!」
白いブラウスに、白いスカート。言葉遣いもそうですが、今日はめずらしく清楚な姿です。まるでこれから法廷に立つような、表情さえもキリッとしていました。ただ、ものすごく興奮していました。
「この図書館ってところは人種差別の一等地よ!
現役の学生とか、スーツを着た社会人とか、フレッシュで
そうでない落第者には、本当に冷たい目線を向けてくる。最悪な異世界よ。
それも公共の施設のくせして、近寄らせない雰囲気をかもしだす。疎外感で殺しに来る。
クスクス…… クスクス……
『アレッ? 去年も勉強していましたよね。留年か、浪人ですかね。かわいそうに』じゃねぇよ!」
私はのどをつまらせます。
よくもツラツラと悪態が出てくるものです。正直、そう思うのはマドカの精神が不安定だからでしょう。こんな彼女が銃を持っていいはずがありません。やはり私が取り上げるべきなのです。
それでも適当にうなずく私でした。
「もうさ、マドカが怒っても意味ないでしょ。図書館なんて、過去のたましいが金メッキで眠る場所みたいなもの。だから、それなりに正装しなさいってことじゃない?」
「何、それ? 頭、腐ってんじゃない?」
「それはどっちがよ。怒ると体臭が臭くなるらしいから」
「へ~~~。それ、ホントの話?」
「ええ、私の耳に鼻くそがついたかと思ったわよ。でも、今日は前回と違って元気だね。そこだけ安心したわ」
「アケミこそ、意外と元気じゃない。てっきりヒラリとも会って、落ち込んでいると思ったけど」
また、始まったか。
思わず首をかしげる私です。毎度毎度、探偵ぶりやがって。なんでもお見通しとでも言いたいのでしょうか?
しかし、今回はおおよそのからくりがわかりました。なぜなら、さっきまでヒラリと会っていた公園ですが、その目の前の公営団地がマドカの住まいだったからです。
集合ポスト。洗濯を干せば、ハトのフン。階段しかない五階まで、疲労と共に売れないミュージシャンの歌声を聞き続ける日常。
その上、となりとの壁も薄いものだから自由に暮らせないのでしょう。そんな苦痛から、唯一の気晴らしが外を眺めることぐらい。私なら家出したくなりますよ。
皮肉っぽく聞き返す私です。
「落ち込む? じゃあ、なんで?」
やはりボサボサの髪が口に入るマドカでした。
「う~~~ん、それはね。ヒラリから聞いたかな。私が銃を持っていること。ウルルの店の本物の銃。
でも、銃ってね。しっかりと練習しないと撃てないものよ。かまえて、ねらって、ぶれずに撃つ」
憎たらしい。マドカは私の予想の先で返してきました。
「フンッ! マドカは撃つじゃなくて、鬱じゃない。練習なんているのかしら?
それに、今日はめずらしく上から目線でがんばっているじゃない」
私も時間がないのか、ついつい本音がポロポロ出ていしまいます。
しかし、きっとでしょう。
さっきまでブランコをゆらす私たちをボロい五階のベランダから、マドカはけなげに眺めていたはずです。
けれど、仰天‼ 急に連絡来た。そこで、コソコソと先回りして、図書館に逃げ込んだ。そんな流れでしょう。
で、恥ずかしさを隠すためにわざわざ怒ってみせた。どこまでも演技かかった、小っさいものです。
とはいえ、ベランダから見下ろすその目線には親近感がわいてきました。その清廉で御用達。圧倒的で裁きを下すような優越感。あの、母親もどきを千手大橋から見送るときも、私はそんな眼差しで優越感に浸っていたと思います。
ええ、紫のスーツケースを棺桶に。
最高に、最高に、気持ち良かったですもの。
それは当初、四人で卒業旅行を予定していた卒業式明けのことです。
ついにマドカの浪人が決定。まあ、彼女はどうも私たちと同学年をおそれて、そんな気もしていました。むしろ、予想通りです。
加えて、予定通りの台風級の大雨が停滞。必然、旅行は次週へ延期です。ただ、レンタカーはすでに私名義で借りていました。予定通り、一週間と伸ばしました。
さて、大雨がベランダと窓をたたきつける私の自宅。となりの寝室では言い争いが起きていました。
母親もどきがさけんでいます。お父さんはしょんぼりとイスに座っているようでした。
「実の娘に手を出すなんて、ある? 頭、腐ってんじゃないの?」
「………アケミと私は生まれてから、ずっと一緒だった。………あいつにはストレスを発散させてあげる場所が必要だった」
「何、それ? ホントの話? 正論ぶっているところ、すごく気持ち悪いんだけど!」
「………じゃあ、君はアケミの支えになってやれたのか?」
「確かにぜんぜん、なつかなかったけど。それとこれとは話が別。あなたのやっていることは近親相姦。今の社会じゃ、けだもの扱いよ!」
「………じゃあ、私をけだものと言うなら娘もけだもの扱いか? もともとそんな目で見ていたから、なつかなかったんじゃないのか?」
「とにかく、卒業したらアケミには一人暮らしさせますから。それで、私の母国アメリカへ語学留学させます。いいですね」
「………つくづく君は鼻の高い物言いをする。家庭教師だったころの影響か?」
「それなら、言葉替えや質問ではぐらかすのは銀行マンの影響ですか? えっと、ゴメンなさい。元銀行マンの影響ですか?」
「………じゃあ、いったい君はどうしたいんだ?」
「あなた、耳に鼻くそでもつまっているの?
言った通り。娘との関係をやめさせて、アケミには留学させる! それで、私はあなたをけだものから人に戻す調教が待っている」
けだものか!!! うるさいぃぃぃぃぃぃぃ!!! ゴガガッ!!!!!
私は声を殺しながら、大喜びです。完璧だ!
おそらくお父さんは何かでなぐったのでしょう。寝室には私が誕生日に買ってあげたアンティーク調の重いランプ。すごく役に立ちました。
すぐさま真顔へ戻して、寝室に突入です。
「どうしたの? すごい物音だったけど」
こういうときの演技ならお任せあれ。とぼけるように、驚きます。思った通り、頭がい骨を陥没させた母親もどきが横たわっていました。
放心しているお父さん。私はあわてて彼女の脈をとるフリをします。
震える母親もどきの手。きつく、ギュッとにぎりしめます。
「………アッ、死んでる」
私の背中は愉快に笑っていました。
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