第10話 中絶 竹中美鳥(ミドリ)は中指を入れられる。
『清潔、正義、清廉! 清き一票をよろしくお願いいたします!』
選挙カーと思われるウグイス嬢の声が土手から響きます。聞いているのはカラスだけ。そして、だんだんと遠くなっていきました。
私はマニキュアを見ながらつぶやきます。
「ヒラリはあそこにいなくて大丈夫なの? 私が呼び出しといて何だけど」
ギリギリと、奥歯から交差する音。
「ああ、大丈夫。そもそも昼間の住宅街に大音声ってよろしくないの。赤ちゃんや寝たきりの老人がいる家庭だったら、うるさいって怒鳴られるだけでしょ。私たち肉親だったら、怒りは倍よ。だから、日当払っている熟女のなめらかな声ぐらいがちょうどいいのよね」
強がりのわりに、伏し目がちがなヒラリです。
どうやら選挙の当選はかなり怪しくなっている様子です。当初、対抗馬が亡くなったことにより、ヒラリ家の圧勝が予想されていました。しかし、それが陣営側のゆるみになったのでしょう。新星の猛追を許しているようです。
彼女も必死ですが、すべてが裏目。結果に結びついていないようです。
「なめらか、ね。今日はどんな声でヒラリは歌うの?」
皮肉をチクり。お嬢様を転がすのって、やっぱり気持ちいいじゃないですか。でも、彼女はすでにソプラノで歌えなくなりました。
三つの矢に、彼女は気づいてないのか。ヤラせてあげている。やりたくない急な仕事。やっつけ感。はじらう演技の低音に、重役たちは興味を失ってしまったのでしょう。
その、気づきもしないヒラリはするどい目線でにらみつけます。
「アケミの口でよく言うわね」
「ありがとう。でも、他人にはもっと優しくしたほうが良くないかな? そんなとがっていると、みんな逃げていくだけよ」
「ハッ、アケミがどんな忠告するの? 人間ロールの件。あんなことをやって、よく優しくなんて。私、いつまでも覚えているから」
そうですか。あの一件ですよね。
体育館倉庫でミドリをマットで巻いた、たんなる遊びです。でも、それから先はお仕事でした。
これは賭けでした。
私たちの担任は独身男性で陸上部の顧問でした。
ミドリを巻いた日は休校日で陸上部のみが練習で使う、そんな生徒や先生がほぼいない日を選びました。
部活も終わり、夕日が差し込む時間帯。わざとその担任へ通報したんです。
ミドリは下着姿で巻かれていました。あまりの圧迫だったのでしょう。半分、彼女は意識がもうろうとした状態。そして、熱湯ですける下着。むせかえるほどの汗の臭い。
そこで、うまくその状態で、ミドリと担任と二人で閉じ込めることに成功したんですよね。
もちろんドッキリ、大性交! なんちゃって♥
その禁断の場面をウルルが得意の盗撮ですよ。それからというもの、私たちは何をやっても許されました。当然ですが、ミドリの危険日も知っていたので、見事に担任の精子を受け入れてくれたようです。
受験の前に受精が終わるなんて、笑い話に華をそえる。
そして、これは私がヒラリに対するおどしでもありました。。
私は片ほほを引きつらせて言います。
「何を覚えているの? もしかして、私のお父さんの味ってこと?」
「何、こっそりとNTRったからって、くどいわね。もちろん、ビジネス関係よ。おかげでお父さんの性癖、わかってよかったじゃない」
思わずため息が出そうな二人です。春風がどうも寒い季節でした。
「そう、アケミとの関係もビジネスだけで、それもこれで終わり。探って伝えて終わり」
繰り返すヒラリです。
私はピルを受け取ります。その手には臭い鉄と精液が混ざっていました。
「しっかりね。最後に聞くけど、ウルルのショップで銃がなくなったって話。あれは誰なのかな?」
急に驚くヒラリです。
「そんなことまで気になっていたの? マドカよ。もともと手癖が悪いからね、あの子。いまさら、復讐でも考えていたりして」
「フンッ、復讐ね。だったら、とうに卒業旅行でやっているはずよ。ヒラリはビビりすぎだって」
「いい、いい。アケミはわかってない。選挙中は気が多いのよ」
ミドリが私たち高校へ転校してくる前。私とウルルでマドカをいじめていました。
入学して間もなく、こちらが話しかけているのに、聞いてなかったようなほおづえで無視。
それで腹が立って、千切れそうなほど耳を持ち上げました。
先日、図書館でその彼女から『ミドリにのりうつられた』って聞いたときには苦笑い。あの調子なら、自殺にでも使うのでは勘ぐります。それならそれで、ご苦労なことですよね。
ただ、ウルルには私が銃を盗んだって言った手前、調達しておくべきだと思い直しました。もちろん、まさかのときにもうってつけですから。
そんな思惑すら胸に秘め、私はヒラリに別れのあいさつです。
「じゃあね。気をつけて、ヒラリ」
アレッ? 思わず口に出ていました。
きっと、これが最後になる気がして。どうもヒラリの背中が薄く見えるのです。ずっと、目の前に立っていた弟君の怨霊に目を背けていたのも気になりました。
一度あることは二度あります。
選挙は基本、一発勝負です。ヒラリの両親にとって、どこまで娘が利用できるかと考えたとき魔が差すこともあるでしょう。再度の弔い合戦だって、ありうる。
他にも時代は性接待なんて求めていません。悪習にはふたをしろ、悪臭には口にふたをしろ。やけにめずらしい薬を入手できるのも両親の手配があるとかと思います。もし、前々から両親がそこまで考えていたとしたら、やはり生粋の政治家なのでしょう。
さようなら、薬師寺妃来。
どうか情報だけは早く伝えてほしいものです。いつしか公園ではしがないミュージシャンが魔笛を弾いていました。
私はマドカに連絡を取ります。
このすぐ後に会えるかの質問に、すんなりとOKの返答。私は予定通りに喜ぶ一方、あのころの彼女へのいじめも思い出していました。
教室の掃除が終わるころ。お昼に購買していたコッペパンが残っていました。時間がなくて、食べ忘れていたもの。それも二つ、ありました。
教室は毎日掃除をしていてもゴミが出ます。灰色のワタゴミみたいな毛むくじゃら。キラキラと光るものも混ざっていました。
その、コッペパンに毛むくじゃらをはさみます。いわゆる、ゴミサンド。
パンの真ん中を割って、盛りつける。ギザギザの口のふきだしたのはワタゴミ。あと、よくわからない小っちゃな虫もいるじゃない。
ちりとりで掃き取ったものをそれぞれ、はさみます。
そして、マドカに選ばせてあげました。昔話にあるじゃない。ゴミパン、虫パン、あなたはどっち? さあ、選んでよ! なんなら、二つとも食べてみる?
思い出すなあ、あのときの本当に嫌そうな顔。あまりにかわいそうだから、もう一つ選択肢を与えてやったんです。
「明日の購買で、パンを盗んできなさいよ。それができなかったら次こそこのパンを食ってもらう」
そんな日々。しかし、ミドリが転校してきたときから一変。
彼女は私たちのこの日常の場面を目にし、戦いをいどんできたのです。
さらには陸上部のマネージャーになることでウルルを刺激、生徒会長に立候補することでもヒラリを刺激、私はもともとその名前に気に食わなかったから私たち三人は受けて立ちます。
そして、マドカは自分の逃げ場として。
怒りの口が集まれば集まるほど、過激になっていくものです。四人はミドリのアラをさがしまくって、見事屈服させることに成功しました。
ええ、大性交♥
きっと、そんな中で罪悪感を抱いていたのはマドカだけかもしれません。その弱さに受験に落ちたなど、タイムワープするなど、乗り移られたなど、言い訳を増やしているだけに過ぎないと思います。
でもマドカが一番、うらやましい。
あの子だけ。
あの子だけです。
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