第4話 入れたよ! 薬師寺妃来(ヒラリ)は待っている。

 私(アケミ)とヒラリは、自転車を並べながら土手を走ります。その土手とは二人の帰り道でもあり、ちょうどニュースでも映っていた場所でした。


 そのニュースの内容とは最近、犬や猫の切り裂かれた遺体が見つかったという不穏なもの。おかげで春休みだというのに人通りはほとんどありませんでした。

 さらには黄砂でそまるセピア色の空。左手の河川敷では一週間前の増水で激しく汚れたままでした。

 流れ着いた墓石。首だけのお地蔵さん。泥のついた等身大の人形。春の新芽も育っておらず、枯れ草ばかりが一面をおおっていました。


 ヒラリは低い声でつぶやきます。

「ここ、ウルルもよくランニングコースで使っていたらしいの」

 さびしい土手ではつぶやきでも充分です。私は感情もなく相づちをうちます。 

「へ~、そうなんだ」

「だから、彼女の生活範囲ってこと。例の切り裂き事件もウルルが犯人だったら、私たちもコメントを求められるだろうね」

 それは私も思っていました。小動物をチョコレートで中毒にさせた後、腹を十文字に切り裂く。かなり残忍なやり口です。ちょうど、ウルルの部屋で見たカッターを連想していました。

 

 その思いをのどに引っかけながら、私は答えます。

「でも、私はウルルのことを『明るい元気な子』としか言わないよ!」

 だって、親友だったもの。しかし、ヒラリは違いました。

「ダメダメ、アケミはそんなコメントなってない! 私だったらこう言うよ。

『彼女は努力家でよくこの土手を走っていました。きっと、なにかの間違いです!』

 いい? 最後は、ひとりのときは何も知らないと付け加えること。そうしないと私たちまで同じグループで見られちゃうから」

 ヒラリの口からつらつらとノウハウが語られました。そんなとき、彼女の側から猫が飛び出してきたのです。


 

 土手からいきなり姿を現す。

 その猫は狂ったようなね方でした。そして、口もとには白い泡とチョコレートのあと。ヒラリをめがけて突進してきたのです。

 そのため彼女が急ハンドル。悲鳴に似たブレーキ音とともに、私も重なって河川敷側へ落ちてしまいます。二人とも自転車から投げ出されて、汚い土手で手をついてしまいました。


「イッタ~~~。ヒラリ、何すんのよ!」

 私は派手に転び、足もすりむいたかもしれません。ただ、ヒラリはそれどころではありませんでした。


 急に黄砂が濃くなった。すでに視界が悪くなる。古い写真か、アルバムか、どこかで見たセピア色の光景を思い出します。

 そして、とても胸が痛くなりました。

 しめつけられる。別にぶつけてなかったのですが、黄砂が肺にたまり、声がイガイガと出しづらい。


 ヒラリは震えながら、土手の下へ指を差していました。

「あ、あそこを見てよ! ミ、ミドリがいるっ!」

 私は耳を疑います。

 彼女の大橋から投身自殺。それからの遺体が上がったニュースはありません。まさかこんなところまで上がってきたの?

 顔を向けると、確かに行方不明になっているミドリの制服姿がありました。直感でわかったのはスカートの燃え方。

 

 それは私たちが遊び半分で燃やした制服でした。今でも燃えた臭いの記憶が残っています。

 でも、立っている? あの高さ、死んだです! 彼女の手からは血がポタポタとれていました。

 

 私は目をこらします。

「確かにミドリだけど。でも………なんか顔、おかしくない?」

 そう、ミドリの顔。

 目、鼻、口、耳があるべき位置になく、何か散らかっている。それは生きものの正面ではありませんでした。

 しかも、ミドリの両どなりにいる両親もハッキリしない顔。つまり、そこには行方不明になっている家族の群像でした。

 

 この見ている景色は本物? 頭でも打ってしまったのでしょうか? それも二人同時に? ありえない! 恐る恐る、ヒラリから聞いてきました。

「私の顔、大丈夫よね?」

「やめてよ‼」

 ゴクリッ。

 私はそっとのぞきこむと、ヒラリはどうやら人の顔をしていました。ただ、それにしてもひどい顔。こめかみが引きつり、ほほがけいれんしているのに少し笑み。まるで毒薬をつくっているときの魔女のようにも見えました。

 

 続いて、自分の顔をさわります。砂にあおられ、ざらざらしている。

 でも、おそらくまとも。草の臭いが鼻につきますが………

 と、ホッとするのもつかの間。ミドリ家の話し声が鮮明に聞こえてきたのでした。



 父親が穴の開いたミドリの手をつかみ上げます。

 それは赤黒く、じゅくじゅくした穴。なぜか私たちがミドリをいじめた、その晩の家族会議の場面を切り取っているようでした。

「これはどうした?」

 彼女の父親はきびしく問いつめます。

 ただしミドリは口をにごすだけで、なかなか会話が進みません。でも、私たちは知っています。なぜなら遊び半分で私たちがうがった穴ですから。そして、スカートに火をつけてカチカチ山にしたのも私たち。

 跳ね飛んだ様子も爆笑していましたよね。

 

 ついにはミドリが悲しい声で告白します。

「……学校でいじめられました」

 ビクリッ。

 ヒラリも無言で驚きます。どうやら彼女にもよく会話が聞こえているようです。ただ、あの家族の方は私たちの存在に気づいていないようでした。

 

 父親は深いため息の後、怒鳴り声に変わります。

「いじめはな、いじめを受ける側にも問題があるはずだ! なぜ、おまえはそのとき助けを呼ばなかったんだ? 強く断わらなかった!」


 まるで犯罪者扱い。さすがにミドリも反論します。

「なんでよ! その場にいないで何がわかるの! 呼んで助かるぐらいなら、とっくにしている!

 それにお父さんだって、飛んでこれたの? いつもいつも、ずっと前から助けをさけんでいたんだよ!」

 私は思います。

 なんて、彼女はぬるいのでしょう。トイレをしたら、親にふいてもらうつもりでしょうか? 手が汚れたときだけ、親にふいてもらえばいいのです。


 案の定、父親からは平手打ち。

「フンッ、大声でヒロインぶるな。オイッ、母さん! こんな手じゃあ、使いものにならんだろ。カッターを持ってこい!」

 私はツバを飲み込みます。

 それは彼女の父親から出た、刃物の言葉ではありません。こちらを気づいた?

凶器を持った、きちがいな目と合ったからです。


 キチキチチキチキキチキチ。

 耳をつんざく不快音。父親はカッターの刃を伸ばし、力を込めます。私の目には、やけに光って見えました。

「そうだ、おまえは強くあるべきだ。これから、その儀式をしよう」

 そこからは母親が嫌がるミドリを羽交はがめ。父親はミドリの手首をひもでぐるぐる巻きにしぼり上げます。

 破裂しそうな血管。壊れそうなほどにきつく、骨と肉が悲鳴を上げていました。


 土手に流れ着いた墓石がまな板がわり。次の瞬間、ミドリの言葉にならない絶叫が響きわたる!



 づっづう゛おおおおおおおおおおぉぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 彼女の手に刃が入る。またたく間に黒い血がどくどくとあふれ、肉と血管が暴れ回る。それでも何度も刃が入る。

 仕方ないでしょう。それはカッターの使い方に入っていません。だから、骨の継ぎ目でも刃が欠ける。わざわざ、新しい刃を伸ばして切れ込む。そのたびに彼女の絶叫が重なるのです。


 あまりのうるささに、母親がのど元をつかみあげました。最後、鼻汁とともに声もかすれていきました。



 ようやく切断が完了したようです。

 ただ、あの手。そしてもがいた指。私には見覚えがありました。そうです。あの夜、フェンスに引っかかっていたものと同じ。ウルルが持ち帰ったという手だったのです。

 

 私が一呼吸できたのもつかの間。

 次に聞こえたのは父親の鼻歌でした。

「よかったな~~~、スッキリしたろ? だが、妙だなあ。せっかくの家族団らんをのぞき見しているやつがいるぞ。どこだったかなぁ?」

 それから始まる。ふぞろいだった父親の顔。目、鼻、口がまとまっていく。そして、私の物音に気づいた耳。ピクピクとかぎつけた鼻。キバをむく歯。

 やはり、さっき気づいていた! 恐ろしいほどの速さで向かってくる!

 

 私は怖くて怖急いで急いで自転車を立て直します。

 アレッ? でも、すでにハンドルには誰かの手がある! 血が垂れて、やけに弾力あるのは? 穴が開いてる、これはミドリか!


 私はのけぞります。アアッ、後頭部に何かぶつかった。

「初めまして、同級生さんですか? ミドリがお世話になってます」

 耳もとでささやく。ミドリの父親が後ろに乗っていたのです。その瞬間移動に声も出ない私です。

 背中に大量の氷を入れられた感覚。さらに、後ろから勝手に私の髪をかきあげてきました。

「おまえは強いから、まさか助けてなんて言わないよな」

 こっそりと、灰色の息が耳にふきかかる。ジリジリと私の後ろ首あたり。カッターで切り裂かれる痛みが縦に走ります。


「助けて!!!」

 私のようやく出た叫び声。それでももう、腰がぬけて動けません。

 今度は正面。母親が顔面をなめるように目の前でした。

「安心して。いじめた側にも、ちゃんと死んでもらいたいの。それからの卒業証書じゃない?

 あなたを切り裂いて、血と骨と臓物、あらゆるものを取り出すわ。そこで皮になったあなたの中に私が入るの。

 そうすれば、ミドリを間近で教育できる」

 いやなほどの高音で歌ってくる。もう、パニックで呼吸すらできません。のどがめくり上がり、内臓ごと出てきそう!

 そのとき、私の口からポロリ。思わず、胃酸ごと吐いていました。



 黄砂が晴れていきます。

「アケミ、大丈夫?」

 見上げると、ヒラリが私の背中をたたいています。何が何やら……。

「クッ、クフッ! 大丈夫なわけないじゃん。ミドリはどこ?」

 口の中はゲロの臭いとピリピリする甘酸っぱい香りで頭がおかしくなりそうです。ただそんな中、幻聴だったのでしょうか? ヒラリは不満そうな顔でした。

「やっぱり、この実。どれくらいで効いてくるかわからない」

「エッ?」

 聞き直した私にむける、一瞬の怪訝けげんな顔。それでもすぐにヒラリは優しく私の自転車を立て直してくれました。

「アケミは頭でも打ったんじゃない? ミドリなんて初めからいないよ」

 振り返ると、三人の影もかたちもありません。墓石には血もついていません。ただ、のどがかすれる。肺も呼吸も痛みを感じていました。

「じゃあ、猫もいなかった?」

「ああ、それはいたよ。そこで横たわってる」

 ヒラリが指を差した先。道ばたで転がる。あおむけのまま死んでいました。

 

「………ヒラリが殺したの?」

 確かヒラリの側から飛び出してきたはずなんです。車輪にでもはさまったのでしょうか? しかし、彼女は首をふります。

「ううん、アケミだよ。アケミが自転車でひき殺したんじゃん。大丈夫。私は誰にも言わないから。だって友達だもの」

 ヒラリは私の枯れ草を払ってくれます。でも、どうにも私の自転車には蹴り壊されたあと。そこからは無言。私たちは引きずりながら、足早に帰ることにしました。



 結局、切り裂き魔事件はニュースの片すみに追いやられています。

 それは四月に入り、総選挙が決まったからでしょう。当然、私たちの選挙区からはウルルの父親がいの一番で立候補しました。テレビではヒラリの姿も映っていました。

 家族は涙ながらにうったえます。

「このまちがふぉっこう、さあいけんするためには人柱がひっつようなんでぅえす! ご理解の一票を!」

 その影で対立候補と言われていた新人が急な心臓発作で倒れたそうです。


 二週間後、ヒラリは腹を十字に裂かれ、殺されていました。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る