第3話 入れるよ! 薬師寺妃来(ヒラリ)は待っている。
最悪の卒業旅行から一週間後。
私(アケミ)は駅前のカフェで一人、ヒラリを待っていました。
店内では日曜日の昼過ぎということもあり家族やカップル、ヒマを持てあます学生でいっぱいでした。その混雑の中、注文もせずにいる私はとても肩身のせまい思いをしていました。
そわそわする私です。
ヒラリ、早く来ないかな。私はうつむきながら待っていると、ガラス越し。
紫外線が気になる中、透きとおる
「ごめん、遅くなった!」
やっぱりヒラリです。八頭身でスタイル抜群の彼女が店内へ。早速、デオドラントの良い香りが広がります。今回は伊達メガネで黒髪の三つ
私も大声で答えます。
「ぜんぜん! こっちこそ急に待ち合わせの時間、変えちゃってゴメンね」
とりあえず、ここまでが一連のお決まりでしょう。
それというのもヒラリの父親は名の知れた国会議員です。そのため、選挙が近くなるとヒラリ家は家族ぐるみで応援します。ですから、今回のように彼女の日常にも演出がかかってくるのです。
おそらく満席の店内で誰もが注文もせずにいる私を煙たがっていたはずです。そこへさわやかなヒラリが登場。必ず彼女に好印象を持つでしょう。私もわざわざ彼女が待ち合わせ日を変えてきたので、そういうことだなと感じていました。
「選挙日、そろそろってこと?」
私は彼女が席につくなり、たずねます。ヒラリは周りを気にしながら、うなずきました。
「確定じゃないけど、おそらくね。もちろん、ここは自分がおごるからなんでも好きなもの頼んでよ」
フンッ、仲良い家族でうらやましいですね。私はホットコーヒーだけを頼みました。たぶん、のどの通る話ではないでしょうから。
ヒラリはチョコレートフラペチーノをたのみます。そして、ハンカチ越しにそっとつぶやきました。
「あれからニュースを見たんだけど、千手大橋での自殺の報道とかぜんぜん出てなかったよね。だから、逆に不安で」
よくわかります。私も注意深く見ていましたもの。しかし、世間は
「うん、そうだよね。結構、怖すぎなんだけど。ところで、ヒラリもあのときの映像は見たんだよね?」
旅行直後、私抜きでの試写会でした。おそらくミドリが飛び降りた場面からでしょう。戻ったときには彼女が切り取った手が金網に引っかかっているだけ。それをウルルが川へ落とした、そんなところまでの映像だったと思います。
しかし、ヒラリはびっくりした顔で否定しました。
「何、言ってんの? 手首は橋から落としたんじゃないって。ウルルが持ち帰ったんじゃない」
エッ、どういうこと? 私は開いた口がふさがりません。
「う、うそ! そんなことない! 橋から落としたじゃない!」
私の認識です。ウルルが一本ずつほどいて落としていきました。それは映像にも残っていたはずなんです。
ただ、口に静止のポーズのヒラリでした。
「ちょっと、アケミ。声のボリューム下げてよ。あんまり良い言葉、並べてないからね」
「ゴメン。それでも………」
「アレッ、覚えてないの? 私たちが車に戻ったとき、運転席でもアケミだってその手を踏んでいたじゃない」
「違うって。あれはポテト、だよ」
鼻で笑うヒラリです。
「大丈夫? 私たち、旅行中にポテトなんか食べてなかったよ。そもそもあんなふにゃっとしたもの、踏んでも気づかないでしょ」
エッ、ポテトじゃない?
もしかして、私がそう思い込んでいただけなのでしょうか? ますますわかりません。なにか頭の中が前後左右、ぐるぐる回っているようでした。
だから、正論。私は理由をつつきます。
「で、でもね。なんでウルルはミドリの手首を持ち帰ったのかな?」
「そう、そこ! 一週間もたって自分もよくそのことを覚えていないのよ」
彼女にもほころびがありました。私は少し
「だいたい、ウルルはそんな気味悪いものを持ち帰って、どんな意味あるの?」
いきおい、私は責めていました。おかげで知らなくていいことまで知ってしまいます。
「う~~~ん、だってね。彼女の部屋にペン立てがあったでしょ?」
「うん、あった。ウルルの机の上にあったやつね」
ヒラリの手が止まります。
「そのペン立ての中にミドリの指もあったのよ。きっと、先輩を振り向かせるための呪いか儀式の一部に使うかも」
私の冷めてしまったコーヒー。店内では大型のテレビが一週間のニュースを読み上げていました。
信じがたい私です。
「レプリカじゃない?」
「う~~~ん。だけど、やけに生々しかったからね。どのみち、レプリカでも気味悪しね」
私たちはお互いにつたない記憶を引き出します。
はたしてあのペン立ての中。本当に
深く、深く、彼女の部屋を思い出そうとします。
そう、先輩だらけの部屋でした。カレンダーはもちろん、二人の合成写真、等身大の抱き枕に足首入りのスパイクシューズ。
アレッ? ひどいノイズだ。
「…ねえ、…ねえ。ヒラリも覚えているかなあ? あのときウルルの部屋にベタベタと張ってあった数百枚の写真の中。千手大橋も混ざってなかった?」
夕日を正面にした山々の景色に、ヒラリが先輩との合成写真。どこか、あのときと似ていたのです。ただ、卒業旅行のときは夜でした。
ヒラリも思わず声を上げます。
「あ~~~、あったかも。私も部屋中の写真に、『本当にストーカーやめなって!』ってウルルに言ってたんだよね。その中にあったのかもしれない」
私は目を見開きます。
「つまりはさ。ウルルは事前にあの橋に行っていたんじゃないの?」
ヒラリは目を閉じて、深く考えている様子でした。
「ってことはある程度、彼女が仕込んでいた可能性もあるってわけかな」
私はヒラリにヒソヒソ話。
「そう、今回の卒業旅行。自殺のうわさだって彼女が特に詳しかった。そしてウルルが全部、動画を撮って通報までしている。ミドリの手首も落としたのも彼女だし。
もしくは持ち帰ったかもしれないけれど、直後に試写会まで開く? 全部が全部、ウルルの演出じゃない?」
「そっか~。言われてみれば、そうだよね。もしかして、以前からアケミもストーカー止めろって、注意してた?」
「うん。結構、ずっとね。ぜんぜん聞かなかったけど」
「なるほどね。それが気にくわなかったかもしれない。それで、最後の卒業旅行で仕返しって。
ウルルは執念深いっていうか、もうヤバいレベルだよね」
ぐったりと、のけぞる二人でした。
彼女がおどしや嫌がらせのため、仕掛けたお
ヒラリは肩を下ろしてお食事タイム。下へ下へと、フラペチーノをくずしていきます。
「まあ、もういいかな。私たちも、それぞれが違う大学へ行くことだし。これからはウルルとも距離をとってもいいかもね」
笑顔がもれます。私たちの声もどんどん軽くなっていきました。
そうそう。店内のテレビではお昼のショートニュース。最近、話題になった切り裂き魔の犯行現場が映されていました。
それは私たちのよく知る河川敷の土手です。残忍にも、腹を十字に裂かれている犬や猫の変死体が複数放置されていました。
どうやらモザイク処理が間に合っていなかったようです。内臓は飛び出しアリやカナブンがむらがる。死体の口元にはチョコレートがついていました。白い泡をふき、苦しそうな表情を浮かべていたそうです。
アナウンサーは無表情で伝えます。
「いまだこの凶行の犯人はわかっていませんが、この事件は必ず小動物から人へと向かうでしょう。ランニングの際にはくれぐれもご注意ください」
そこで偶然、カフェには猫フんじゃった! のメロディーが流れます。おかげで際限ない大爆笑につつまれました。
そこから犬のおまわりさんへとつながる神ローテーション。店内は耳が壊れそうなほどの歓声と心臓が破裂するまでの高鳴り。万歳三唱の嵐でした。
上機嫌になったのでしょう。ヒラリもチョコレートをつけた口で立ち上がります。
「踏んじゃった~て、このBGMは気楽すぎだよね? アケミ、ポテトでも頼もうか?」
しゃくにさわる。
あのとき、私が踏んだと思ったポテトを皮肉るのでしょうか? おぞましい体験は笑い話へ変換するのも手だとも知っています。ですが、早すぎでしょう。
いらないと断わると、そのままトイレへ向かっていきました。
残されたのはヒラリの席です。
カラフルな、錠剤入りのケース。 なるほど、
そう思うと、さきほどの言動も1㎜は理解できます。
ヒラリが帰ってくると、錠剤ケースから小さな木の実を取り出しました。
「これ、ブルーベリーみたいでしょ? 食べてみる?」
今度は私が鼻で笑います。
「もう今日はお腹一杯よ。ちなみにそれ、何に効くの?」
ヒラリは顔を近づけて小声になりました。
「これ、ベラドンナっていうの。日本には自生していないマイナーの超ヤバい毒の実でね♥
でも、と~~~ても甘いから、デザートや甘い飲み物に混ぜると簡単に毒殺できる。それで、気づかず飲んじゃうの。
もちろん、日本の警察はどんくさいからお年寄りだったら
今回、対立候補はデブばかりなの。ちょうどいいと思わない?」
ゴクリッ。なに、それ? 私はそれ以上の使い道を聞くことはしませんでした。
彼女はチョコレートのついた舌。べろっとのばして、いきなりその実を飲み込んだのです。
「ウソ、ウソ! アケミはホント、だまされやすいのね!」
爆笑のヒラリです。もう、面倒くさい。おそらくビタミン剤か何かだったのでしょう。ヒラリは言います。
「アケミのコーヒー、片づけてあげるよ。最初から最後まで私にやらせて」
「別に気を使わなくてていいから」
私は遠慮します。ただ、ヒラリはすでに空いたコーヒーカップに手をかけていました。
カップの底には砂糖かと思われた丸い実がとけずに残っていました。ふと、ヒラリの舌打ちが聞こえてきました。
(もう少し、すりつぶして………)
店を出るとき、彼女が私の手を引っ張ります。
急にどうしたことかと振り向くと、のどをおさえて転げ回る学生たち。救急車のサイレンの音が聞こえてきます。
ヒラリから、とても甘い香りがしていました。
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