第2話 待ってよ、先輩! かんざし兎瑠流(ウルル)は追っている。
私(アケミ)は卒業旅行の後、迷わず自宅へ直行しました。
精神的にも、つかれていたのでしょう。戻るなり、倒れるように眠ること一時間。それからウルルの呼び出しで目を覚まします。
話によれば私と別れた後、他の三人はウルルの家で集合したそうです。なんでも旅行の試写会とかで、こっそりと。
まあ、どういう神経をしているのでしょうかね。内心かなり腹が立ちましたが、そこはグッとこらえて、彼女の話の続きを聞きました。
「あのとき撮ったばかりの動画をパソコンに移してさ。それを三人で視たんだけれど。そうしたら、やっぱり橋の『止マレ』から映っていたのよ。
そのあとの三つの菊もちゃんと映っていたし」
そう、いわくつきの千住大橋。
行きでは見た『止マレ』の標識も菊の花束も、戻ったときには見当たらなかったのです。しかし、映像には映っていたなんて、どう考えてもおかしい。
でも、ウルルは「~
つまり最低でも続きはあるってことでしょう。歯が浮きそうなほど嫌な予感しかありません。
私はさえぎるように割り込みます。
「もう、止めようよ。そんなことほじくり返しちゃっても、いいことないでしょ?」
ウルルは鼻にかけます。まるでチキンだと言わないばかりに。
「あっそう! アケミから聞いてきて何? 意外とビビりね」
彼女のあおる言い方。なかなかの友達を持ったものです。寝起きの私にはため息しかもれません。
「ふぅ~~~、そんなんじゃないって。わざわざ今、電話する話かって」
見えない二人の深呼吸。無言の時間が流れます。
それでも性格もあったのでしょう。先にウルルが答えます。
「ええ、もちろん。だってミドリが橋から自殺するところ。そこもきっちりと映っていたのよ。ただ、確認したいこともあるってさ。今から来れる?」
確認って、確実にその映像を見るってことです。地獄すぎる。
それでも、後か先かのだけことでしょう。私はひどい顔で答えます。
「わかったわ。今から行く。だけど、ドッキリだったらマジでなぐるよ」
私の長い髪は縦横に跳ね上がり、寝起きでブサイクな顔。それでも、どのみちメイクするまでもありません。
終始、笑顔になることはないでしょうから。私はとりあえず髪だけとかして、帽子を深くかぶり、そのままウルルの家へと向かいました。
花粉が飛び交う春の空。雲もなく、外はさくらで満開です。
いつもはウルルの家まで土手を選ぶのですが、今回はショートカットで公園を選びました。ただ、どうやら失敗だったようです。
なるほど日曜日。花見席を下見している新入社員。スピーカーを持ち出して、ギターを弾くミュージシャン。木から落下し、首の骨を折っている小学生。その他大勢の人出あり。私は彼らをよけるため、なかなか自転車を飛ばすことができませんでした。
それでも、呼び出しがあってから二十分後。ウルルの家に到着です。
彼女の家は一階がガンショップであり、二階からは住まいでした。そのため、お店のトビラを開けてからレジのわきを通り、二階へと続く階段を上がらなければなりません。
お店の前には防犯カメラ。こちらをじっとうかがっています。
私は気が進まないけれど、意を決して押し開けました。
チリン、チリンと鈴の音です。
しかし、店内では汚い外国語のラップがBGMで流されていました。さらにはその曲に混ざり、うめき声も
まあまあ、知らないフリがいいでしょう。大人の悩み事まで聞いている余裕はありませんから。
私は一声かけて、階段を上ります。そして、ウルルの部屋をノックしました。
「………ウルル、入るね?」
「ああ、アケミ? どうぞ!」
私は少しホッとします。なにか彼女の間の抜けた返答でした。実はそんな深刻な話じゃないのかも? 表情に明るさが戻っていました。
ゆっくりと開けます。ただし、そこは異空間。だって、かべ一面ですよ。彼女の狂気はさらにエスカレートしていました。
「………まだ、続けているの?」
私からはグチがもれます。なぜなら目の前にはあこがれの先輩だらけで飾られていたからです。あまりにも異常でした。
先輩の写真をのばしたカレンダー。
顔を抜き取ったうちわ。
活躍した新聞の切り抜き。
ネット記事のプリントetc。
そのすべてが
天井にも★のシールに先輩の顔。合成なのかキスシーンまである。さらにはアイドルでもないのに、先輩の顔をプリントしたマクラすら横たわる。
もう、不気味としか言いようがありませんでした。
彼女の机には大小のカッターが転がっています。また、ペン入れにもたくさんのカッターが刺さっていました。きっと、地道な切り抜き作業をしていたからでしょう。血もこびりついていました。
私は以前、ウルルから聞いたことを思い出します。
「なんで、そんなに先輩が好きなの?」
そのときの彼女の目は
「だって、初セックスした相手だもん。でも、先輩はみんなにいい顔をするの。不公平だと思わない?」
ただのやきもちでしょうか? いいえ、そんな優しいものではありません。ベッドの上には先輩のスパイクシューズ。かなり使い古されているようです。夜な夜な臭いをかいでいるのでしょうか?
もしそうだとしたら、フェチの域を超えています。さらに私物を
私は真実を打ち明けます。
「でも、先輩は嫌がっているみたいだけど………」
そもそも、その先輩は一年前に卒業済みです。それどころか過去にも二人が付き合っていたという事実もありません。
ウルルはそんなことはお見通しだと、トロンとした声で笑いました。
「フフフッ、嫌がってる? それが何?
私は先輩の背中が好きなの。私だけに見せる、小動物のようなかわいい背中。それを追いかけるの」
逃げれば、逃げるほど、追いかけていく。でも、立ち止まったら頭からガブリ! きっと彼女はウサギの顔をした
あわれな先輩です。ウルルはたちの悪い、被害者を演じるストーカーでした。逃げ切るには難しいかと。
しかし、今はそんな話をしに来たわけではありません。私はそんな二人の泥沼状態、関係ありません。
ただ、手作りの先輩クッションだけはさけて座りました。
「他の二人はどうしたの?」
そう、確か三人がそろっていたはずなんです。しかし、ウルルだけがベッドの上。パソコンをいじっていました。
「ああ。もう、帰ったよ。二人とも試写会の途中でメッチャ気分悪くなったって」
そうでしょうね。私も寝起きで駆けつけ自殺映像を見なければならない。すでに気分がMAX悪い。
だから、早く終わらせたい私が言いました。
「じゃあ、どの場面で気分が悪くなったの?」
「もち、金網に引っかかっていた手。あれを落としていたときなんだけどさぁ~」
ど、どうして?
私はまばたきを忘れます。
流れていたのはパソコンの動画。そこにはちゃんと私たち四人が映っていたのでした。
いやいやいやいや………、おかしいでしょ‼
あわてる私は頭をかきむしっていました。
「え~~~と、あのときのよね?
もちろんウルルが橋から落とした。で、私たちも見ていた。
つまり四人ともスマホなんていじってなかったじゃん‼ じゃあ、いったい誰がこの映像を撮っていたのよ!」
ウルルも首をかしげます。
「だから、知ってるかって聞いたのよ。これでアケミが最後かな。結局、誰も知らないみたい」
「………(うそ)」
言いようのない絶句でした。さらに、ウルルは自分のスマホを渡します。
「あとさ、私のスマホも見てよ。
昨日のあのとき、二回も警察にTELったじゃん。でも、その通報
ゴクリッ、私には意味がさっぱりわかりませんでした。
しかしながらウルルの通話履歴を確認。確かに影もかたちもありません。
おかげで逆に疑いの感情がわき起こります。
「もしかしてドッキリじゃないよね?」
なぐる。マジでなぐる。しかし、ウルルは笑っていました。
「まさか‼ こんなドッキリするぐらいなら先輩に
なるほど、それはその通りです。私はますますわからなくなっていました。
「そうなると誰がこれを撮っていたのよ! それとウルルは誰と話していた?」
ウルルはとぼけた顔で首をかしげます。
「そうだよね。まあ、撮ったのは知らないけど話したのなら覚えているよ。私はちゃんと若い女性の警察官と話してた。
ものすごく冷静な声だったから、私も落ち着いたもの」
何か
あんな
普通じゃない。思い返すだけでも苦痛がともなってきました。
私はつかれた顔で
「どちらにしてもスマホを変えるべきだと思うんだけど。こんな気持ち悪い…」
誰が撮ったかわからない謎の映像。そして、消えた通報履歴。どれをとっても不吉としか言いようがありません。
でも、ウルル本人は違いました。ベッドからにらんで。
「はいはい、どうせ続くのが『くそスマホ』なんでしょ! でもさ、先輩の大切な写真がいっぱい入ってんのよ。変えるなんて無理無理」
知らねぇよ。私も思わずにらみ返していました。
「だったら、パソコンとかでデータだけでも移せばいいじゃない」
ウルル自身、陸上部のとき撮影や編集することが多く、そういったことには強いようです。まあ、その技術のほとんどが先輩へのストーカー行為に費やされているようですが。
ウルルはなぜか鼻を広げて頭をふりました。
「でもそのスマホ、御守りみたいなものなのよ。そこにたくさんシール張ってあるでしょ。色あせないように張り替えるのが私の日課なの」
ダメだ。理解できない。思わずベッドへ放っていました。
「気持ち悪!」
そこへ彼女がやさしく
あまりの嫌悪感。
虫酸が走る。私はたえられなくなり、ウルルの家をあとにします。
その帰り道はとろんと夜が落ちたころ。
公園では紅白のちょうちんがたれ下がり、新入社員はアルコールで上機嫌。ミュージシャンはのどをつぶして歌っていました。ただ、首の曲がった小学生はいまだ放置されていました。まだまだ大勢でにぎわい、自転車に乗ったままで通ることができませんでした。
そんなとき、ヒラリからの電話です。ヒラリとはあのとき後部座席に乗っていた一人でもありました。
「アケミ、大丈夫だった? ウルルに何かされなかった?」
「………ええ、どうしたの? さっきまで彼女の家にいたんだけど。特に何も」
どうやらヒラリは安堵したようです。
「そうなんだ、よかった。知っていると思うけど、私たちも彼女の家で集合したんだよね。やっぱりウルルの様子、おかしくなかった?」
確かに引っかかること。
まるでわざわざ映像を見せるために私を呼んだ気もするほどでした。
「………ええ、いつもより変だった」
「やっぱりね。明日にでも会えるかな?」
「………ええ」
「ねぇ、聞いてる?」
そう。私は今、耳にしたスマホに違和感を覚えていたからです。
ずっと舌でなめられているような不吉な感覚は何? もしかして、ウルルが聞いているの?
レロレロレロ。ぬるいだ液がほほを伝っていました。
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