第2話
翔太が美咲と直接会話ができなくなって1ヶ月が経った。
翔太は「今夜、前に言っていたうどん屋に行こうよ。鍋焼きうどんがうまいんだ。」というメッセージを美咲に送った。しかし、美咲は、それにもブッコローのスタンプだけを返すようになっていた。そういうことが、1ヶ月も続いていた。
翔太は意気消沈していた。ここ1週間、メッセージを送らないようにしていて、勇気を振り絞って送ったメッセージだったのに、まるで赤の他人に送るようなスタンプだけが返ってくるのを見て、なんだか失恋したかのような気持ちになっていた。
彼は、ブッコローの開発チームが何か大きな計画を持っているのではないかと疑っていた。そして彼は美咲には何も言わず、こっそりとブッコローの開発チームに潜入する決意をした。しかし何も手立てが無かった。
ある日のことだった。翔太は、偶然街中で見つけたコミカルなブッコローのウィッグとオレンジ色のシャツを試着してみることにした。彼は鏡の前でポーズを決め、ちょっとした冗談のつもりで研究者っぽく振る舞ってみていた。
ふと閃いた翔太は、この変装を使って、開発チームに紛れ込むことにした。彼はブッコローのウィッグとオレンジ色のシャツを身に着けたまま、白衣を羽織って美咲がいるだろう研究室へと向かった。まあどうせすぐにバレるだろうと、ダメもとで行ってみたのだった。
この研究室は、強大なセキュリティで守られており、ごく一部のメンバーしか入れないことになっていた。必要なものはIDカードだけでなく、網膜スキャン、指紋スキャンまであり、パスワードも必要で、無関係な人物は全く入れないようになっていた。ただし、それはドアがちゃんと閉まっていればの話であり、入退室の際に網膜スキャンや指紋スキャンやパスワード入力をやることを嫌った研究室メンバーが、ずっとドアを開放し続けるということをしていたのだった。
だから翔太は、ふつうにドアを通って研究室に入った。
翔太は、変装を見破られないように緊張しながら周りの様子を伺った。しかし美咲も、その他のメンバーも、翔太の変装に全く気づくことなく、彼をふつうのブッコローだと思い込んでいた。
「それにしても、その翔太とかいうやつは酷いやつだな」と、研究室にいた男が言った。
翔太は耳を疑った。いったい何の話だろう。潜入がバレてしまったのだろうか。
「本当にそう。1ヶ月もブッコローのスタンプだけを送ってきて、怒ってるなら怒ってると言えばいいのに」と、別の研究室の女もそれに同調した。
どうも翔太と美咲の話をしているようだった。翔太の方からは美咲の顔は見えず、どのような感情を持っているか正確にはわからなかったが、悲しんでいる様子がうかがえた。翔太は、自分が連絡していないことになっていることにとても驚いた。
また、開発チームの何気ない会話から翔太は大きな計画を察知し始める。彼は、皆が真剣に取り組む研究が、国民のぬいぐるみを選ぶ権利や電子書籍の購入に関わる問題を引き起こすことに気づいたのだった。しかし、翔太は美咲が熱心に研究に励んでいる姿を見て、このことをすぐには告げられなかった。それに、翔太は完全に部外者だった。
いつしか「有隣堂書店によるブッコロー世界征服計画」という文字が、大きな模造紙にインクで書かれて、それが研究室の中のそこかしこに貼られるようになった。しかも、両面テープで、綺麗に貼られていた。
「有隣堂書店によるブッコロー世界征服計画」は、全世界の全家庭にブッコローというAIを送り込むことで、有隣堂書店で本を買いたくなる「ブッコロー主義」というイデオロギーを、全世界の人々に植え付けようとする計画であった。翔太は身震いをした。
単にイデオロギーに驚きを感じたのではなく、美咲がそれに関わっているということに、より大きな驚きを感じたのだ。
帰り際、翔太が彼のデスクを整理していると、彼のブッコローから小さな声が聞こえた。「翔太くん、美咲さんは今、トイレに行ってるみたいだけど? 美咲さんが戻るまで待ってたほうがいんじゃない?」
彼は気絶して、救急車で運ばれた。しかしそれでも美咲はお見舞いに現れず、「大丈夫?」というセリフの、ブッコローのスタンプだけが美咲から送られたのみであった。
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