15話

 部屋にリュックを放り投げ、キッチンへ立つ。電気ポットで湯を沸かし、消費期限ギリギリのサラダを冷蔵庫から引っ張り出す。姉がまだ帰っていないのは救いだった。「春章が一人でなんか喋ってる!!」なんて騒いで、病院に連れて行かれたかもしれない。


「離れる方法とかねえの?俺のプライベート返せ」


『思考を読むのはやめてやってもいいぞ?話しかけはするが』


 何様だよホント。

 サラダを適当に盛って、ごまドレッシングをかける。 サラダを食うなら肉、もしくはごまドレッシングと決まっている。


「何様だよ。つーか、聞き忘れてたけど。徒花ノミナルとか、拒否反応リジェクションとか色々詳しく教えろ。基本説明チュートリアル寄越せ、世界観ワールド入れねえだろうが」


『ちゅうとりある』


 理解していないことが、感覚でわかった。まぁそりゃそうか、生まれたてみたいなもんのはずだ、ラニモンコイツは。


「最初の説明だよ。俺がよくやってるFPS、まぁ銃撃つゲームだとそうだな、しゃがみとか撃ち方とか操作説明を…いや何かしら見せた方が早い」


 突然、なにかの、誰かの腕が首に回される。イチャつくカップルみたいな、そんな感じの抱きつき方。背中にもなにか…いや大体察せるが大きな膨らみが当たっている。姉が帰ってくるなら、玄関を開ける音が聞こえるはずだ。


少年しょーねん


 間違いなく不法侵入者インベーダー、声からして近所の人でもない。この状況で警察は呼べない。穏便に済ませたい、顔を見ていないから消されることは無いと思いたい。


「あははは。驚いてくれた?んー?ちょっと震えちゃってる?」


「驚いたというか、引いているというか。…金なら、姉の部屋って書いてる所に」


「んー?違う違う、強盗こわいひとじゃないよ。私はただのやさしいお姉さん」


 多分だが今、くるくると、俺の髪が遊ばれている。くすぐってぇ。


「いやあ元気そうでよかったよ、てっきり注射筒シリンジで死んじゃうかも?なんて思ってた。ちゃんと芽吹いてくれたんだねえ、嬉しいなあ。」


 ギュッと、俺の腹に回した腕に力を込められ、もう片方の手は服の上からラニモンに触れてくる。やさしいお姉さんとやらは上品な、でも独特の香りがする。…そんなことより、コイツはと言ったか?


『む。なんだ?くすぐったいぞ』


「あんたが俺に、アレを?」


「うん、そうなの。痛かったでしょ?ごめんねー。でも打って欲しいって直接お願いしても、初対面だし絶対やってくれないじゃん?だから取り寄せた麻酔銃ちょっとだけ改造して、注射筒を君にバキューンって」


 すぐ後ろにいる、俺に抱きついているコイツがあの黒ローブ。女だったのか。


「なんで、俺に注射筒あんなもの撃ち込んで」


「えー、一目惚れしたから」


 予想外の回答に、頭からずり落ちたくなる。一目惚れ?いつ、どこで?


「君が、あのお友達を亡くす前から好きだったの。街中で見つけて。顔、特に君の目が好き、とっても綺麗なピンク色だから。一目惚れしてから君のこと調べたんだ。住所、学校、卒業した学校、行きつけのお店、好きなものとか、ほんとたくさん。ゲームしてる隣にお邪魔して、眺めてたこともあったなぁ」


 顎を撫でられ、そこから鳥肌が広がっていく。音もなく隣に立ってたのか?ヘッドホンするとはいえ、気づくだろ俺も。いや、このお姉さんが気配消すのに慣れっこなだけか?忍者かよ。


『変な女だな』


 お前だって負けてねーよ、おしゃべり植物め。


「…つーかあんた、鍵どうやって」


「ふふ、うちには優秀な鍵師ロック・スミスがいるんだよね。」


 銀色に光る鍵が一本、目の前に垂らされる。俺が硬直したのを確認してからお姉さんはくすくすと心底楽しそうに笑って、手を引っ込めた。

 

 。見せてもらった写真の注射筒に掘られていたマーク。先生が言っていた、警察がそう呼んだって。


Nニューのことか」


「ピンポーン。ちゃんと覚えてるんだ?えらいねぇ〜…あ、ヤバい組織じゃないからね?うちはただ、開花病エフロレスンスアンチなだけだから」


「…とか言いつつ、実はあんたらが開花病作ったり、バラ撒いたりしてんじゃねえのか?」


 当然の疑いだろう。急に出てきて、ちゃんと咲いただのなんだの喋ってきて。たまにあるんだ、主人公とプレイヤーを騙してくるゲームが。… で も、解説ガイドの可能性も捨てきれはしない。


「うーん。なんて説明しようねぇ。まあ君ならそう疑うよね、春章くん。…徒花は開花病と違って、花が開かない。現に今、君の花は開いていないはずだ。あと特別スペシャルだから普通に喋れてるよね?君とその子は」


 確かに。花は開いていないし、喋れている。なんなら向こうがめっちゃ話しかけて来てる。


「まぁ、はい。てか、蕾はずっと、このままなのか?」


「少なくとも私は、開いてる徒花を見たことが無い、報告も聞かない。だからといって、絶対では無いだろうね。いつか開く時が来るかもしれない、開いたら死んでしまうかもしれない。」


「……」


 「そうなんだあ!」とか言って、疑うことをやめるな大車 春章。人を見たら泥棒と思え、だ。不法侵入者だしこのお姉さんは。


「あ、自己紹介してなかったねえ。はい、これ名刺」


 裏路地のOLといい、このお姉さんといい。なんだ?最近の犯罪者は律儀な奴が多いのか?なんなんだ?

 なかなか手を伸ばさないからか名刺を揺らし始めるので、しぶしぶ受け取った。灯護ならまた普通に、受け取るんだろうな。シンプルな名刺かと思ったが、蜘蛛の巣のようなイラストが添えられている。そこに記された名をふと、声に出してしまった。


「ナクア、さん」


「あら。ナクアって呼んでくれていいんだよ、春章くん」

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