14話

「は、はは…。墨生すみおが死んだのかなりショックだったけど、そんな幻聴出てくるくらい受けてたのかぁ俺、開花病も同時に…」


 頭が痛い、というか。一周回ってふわふわする。現実を受け止めきれてない。


『ワタシは開花病ではないぞ』


 自覚無いな?コイツ、いや開花病に自覚があるってなんだ?


「いや、開花病にしか見えねえんだけど」


『…ふむ』


 何か考えるように、蕾が、ラニモンが少し下を向いた気がする。


『ワタシは徒花ノミナルだ。…オマエが想像するとは全く違うぞ』


 まだ何も言っていないのに、外部寄生虫ノミを想像していることがバレている。なんなんだこいつ、なんだこの勘のいい植物。


『開花病は人間に寄生し、誘惑し、身体を乗っ取る。だが徒花は違う、人間とするんだ』


「…意味わかんねえ」


『事実を述べただけだ』


 本当マジだとしたら、開花病はガチで超植物じゃねえかふざけんな。灯護おめでとう、大正解だ、最悪だよ。


『身体を完全に乗っ取るために、欲望を歪んだ形で叶え、精神を壊そうとする奴がいれば、人間をただただ見ているだけの傍観花ぼうかんかもいる。前頭葉辺りをほどよくいじくって、理性セーフティーを外し、欲望全開にして放し飼いにする無責任な奴だっている。十人十色…、十花十色じゅうかといろか?』


 この中だと傍観花が多そうだ、なんとなく。放し飼いは、裏路地あのときのOLの花か?もし乗っ取ってるやつがたくさんいるなら、皆が気づかないうちに何万人も超植物になってるのか?知らないうちに俺は超植物と話してんのか?


「なんで植物がそんなことできるんだよ、植物に知性なんか」


『そこら辺はワタシもよくわからんが、こうしてオマエと話すことができているんだ。現実を受け入れろ、ハルアキ』


「そうですか、そうですね、って受け入れるワケねぇだろ!無理だわ!」


『トイレでそんなに騒いでいいのか?』


「こんなん騒ぐに決まってんだろバカ!やっとなんか理解出来てきた気がするわ!!」






「──で、ここら辺。あの先生のことだから多分、中間テスト出るよぉ。赤線引くだけじゃダメだからねぇ?」


 瓶子ひらこ先生の丸っこく小さな文字、せめて大きさはどうにかならないか。来年になったら、三年も経てば慣れるのか?


 さっきの、ラニモンの言葉が本当なら。開花病の奴の一部が、乗っ取られているなら。

 …段々気味が悪くなってきた。開花病バケモンが人のフリをして、人になりすまして、普通に過ごしているなんて、日常に溶け込んでいるなんて、そんなの


『この本は面白いな』


 ラニモンは裾下から蔓を伸ばし、教科書を捲っている。心做しか、楽しそうに見える。心臓がいつもより、二倍くらい速い気がする。別に、見た目が開花病だから隠さなくていいかもしれない。開花病ではないと、気づかれたらどうなるか。…いや、開花病と全く同じ見た目の病、徒花?なんか聞いたことないし、疑われることは無いか?


「…ただの教科書の何がおもしれーんだよ。つーかどうやって読んでんだよ、俺の服ん中だろお前」


『知識を蓄えれば世界が広がって、面白いと思えることが増える。だから面白い。後者の方は、オマエの脳を少しだけ弄って、ワタシにも視覚情報が来るようにしているだけだ』


 俺の視覚無事かそれ?


『失明したりはしない、安心しろ』


 思考まで現在進行形で引き抜かれているのか、声がやや笑っている。


「考えてること読むんじゃねーよ、心臓から活動範囲広げるんじゃねーよ殺す気か…!」


『オマエは拒絶反応リジェクションが出なかった。は大丈夫だ、


「ふわふわしやがっておめぇ…!」


 拒絶反応について聞こうとする前に。

 つんつん、と。誰かに優しく腕を突かれた。書き写しを終えた灯護が、シャーペンの後ろ側で突いてきている。


春章はるあき、瓶子先生からの視線が凄いぞ」


「げっ…わ、悪い」


 瓶子先生がニコニコと、楽しそうにこちらを見ている。

 今の俺は、妖精に小声で話しかける少女戦士プリティ・ウォーリア達と同じか。ちょっと楽しい気がする。

 …でも思考読むんだったら、普通に無言で、頭の中で話せば行けるんじゃねえの?


『ハッ、阿呆あほう


 舌上まで上り詰めてきた言葉を飲み込んだ。ラニモンを引き抜こうとしても、叩いても、結局痛いのは俺なんだ。それに「痛いな」なんて、棒読みで済ませるくらいだし。本当は痛覚なんて無いんじゃないのか?


『ま、脳に留めたままにしている言葉より、口から出る言葉の方が大切だろう。普通伝わらんからな、発してくれた方がワタシは』


大車おおぐるまさーん?」


 ラニモンは大人しく服の中に隠れた。別のページが開かれっぱなし。戻しておけばよかった、と言うかラニモンお前が読んでたんだから戻しとけや。…でも遅い。


「あららぁ、せっかちだねぇ、その辺りは近々やるよ」


 ポン、と頭に手を置かれる。興味津々だねー、勉強意欲あるねー、なんて思ってないだろう。とても優しい笑顔なのに圧を感じた。


「あ、触っちった、ゴメンネ」


「…ッス」

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