13話
顎が外れてしまいそうな、でっかい欠伸が出る。日当たりがそこそこいい席で、このまま寝てしまいそうだ。
「また夜更かしか?恋か?」
「お前まで
前の席からちょっかい掛けてきやがる。
最近、退院後から、夢の中でずっと女の声が聞こえる。歳は近いような、少し上のような。姿を全く見せてくれないから分からないが、なんとなくそんな気がした。
「灯護くん」
本当に最近よく灯護に絡んでるな、
「この間のお礼したくて。今日、家に来てくれない?」
「ジャージか?あれぐらい気にしなくていいんだが…わざわざ、洗って返してくれたみたいだし」
そう言って頭を掻いた。
パシャリ、パシャリと何度かシャッター音がする。灯護のファンクラブの奴だろうか。灯護は少し鬱陶しそうな顔をして、ため息をついた。
「お願い」
「…分かった」
真っ直ぐな目をした女の子の押しには、灯護も弱いらしい。このまま二人きりにしてやろうか。席を離れようとすると、灯護に肩を掴まれる。
「おい」
「いや、そういう空気だっただろ今」
女子と二人で会話は気まずいか?恥ずかしいか?可愛いとこあるじゃねえか、頑張れよ。どうにか逃れたいが離すつもりは無いらしい。俺みたいな奴はきっかけ作って、こっそり消えたりするのがいいんだよ。
「諸君、伝え忘れていたが理科室へ移動してくれ」
気配もなく現れる理科の
「ウエストが若干…。うん、また太ったかい?雪白さん」
「えっ」
図星らしく、雪白は動揺していた。
目視で相手の体重やスリーサイズがわかる、いつ使うか分からない特技を持っている。加えてデリカシーのない変態教師。
「
俺の腹辺りに伸びていた手を、瓶子先生は笑いながら引っ込めた。うっかり女子生徒に触れ停職処分を食らった去年から、気を払っているらしい。
「どうせ理科室にまた変な
「先に行ってるよ」
俺の言葉を無視して、そのまま理科室に向かってしまった。
「瓶子先生、今度はどんな罠仕掛けてんだろうな」
教科書と筆記用具だけ持って、灯護と廊下を歩く。
瓶子先生は悪戯好き。黒板消しを扉の間に挟む王道なものから、入ってきた人へ自動でパイをぶつける装置を設置したり、まあ面倒な人だ。
「面白い悪戯ならいいな」
「灯護からも言えよなんか…」
「言ったところで聞かないだろ?楽しむしかないさ」
警戒しながら、ゆっくり扉を開けた。水入りバケツが飛んでくるか、人体に害のない薬品入りフラスコ、バケツ一杯分の黒板消し。なにも飛んできたり、落ちてくることなく、指で瓶を小突いている瓶子先生がいた。
「あは。今日は気分じゃないからやってないよ、早く席行きなぁ」
少し残念そうな顔をして、瓶を見つめている。安心した他の生徒が、ぞろぞろと理科室に入っていく。
「…なんかあったんすか?」
「最近元気なくてさぁ、サラちゃん」
瓶の中、植物が活き活きとしていなかった。サラちゃん、正しい名前はサラセニアだったか。先生の髪と同じ、鮮やかな赤色をしたウツボカズラの仲間。今日はその赤色が綺麗ではなかった。薄汚れている、というか。オブラートな表現があまり分からないがそんな感じだった。
「…
「聞いたよー、彼女もよく分からなかったようでねぇ」
開花病を取り除いた人の中でも、こうして持ち歩くのは珍しい。少なくとも俺が知る中ではこの人しかいない。植物が生えていたのは腹、しかも浅かったので手術は簡単、取り除いた植物は残すよう頼んだらしい。
なぜ取り出したのか?聞けば、「邪魔だったから」と返されたことがある。
『ハルアキ』
「始まるから、席についたついたぁ」
夢と同じ、女の声が聞こえた気がした。周りを見回すが、理科室にいる生徒と先生以外は特にいない。
『ハルアキ』
聞き間違いにしては、はっきりし過ぎている。
「…先生、すみません。ちょっと御手洗に」
「えぇ?行ってらっしゃい」
教科書やら筆記用具は灯護に押し付けて、早歩きで廊下を進む。声はだいぶ近くからしているはずなのに、もうすぐ授業が始まるためか廊下に人はいない。何処から、どうやって?あの感じ、先生は気づいてなかった。俺にしか聞こえてない?
トイレの前に差し掛かった時、声が止んだ。
女子トイレ…だとしたら行けないが、人として行けないのだが。いや、声で性別を判断するのが良くないのかもしれない。もしかすると女じゃないかもしれない。そうだ、俺はこの目でその人を見てないんだ。男の可能性もあるじゃないか。
隣の男子トイレに誰も居なければ何も聞かなかったことにして引き返そう。
『まだ気づかないか?自分の胸に手を当ててみろ』
気づかない?
言われた通りに、手を胸に当ててみる。
──違和感。
何かが服の下にある、何かが居る。
トイレの中はやはりと言うべきか、誰もいなかった。個室の鍵を閉める。
昨日、コルセットを
恐る恐る、制服のネクタイを緩め、シャツのボタンに手をかける。
『やっと気づいてくれたな、ハルアキ』
紅い蕾が、そこに居た。
こいつが喋っていたのか?つい掴んで、引っ張ってしまった。とんでもない痛み、吐き気が襲い手を離す。
「っ、うえぇ…」
『おい、痛いな』
痛い?痛いだって?
植物に痛覚なんて、無いんじゃないのか?
「植物に痛覚?…痛覚、共有?俺の体どうなってんの…?」
『いつから植物に痛覚がないと思ってるんだ人間は。ワタシだって、生きているんだぞ』
反射的に「ごめん」と、彼女?に謝ってしまった。
俺の頭がイカれたのか?というか、いつの間にこんな開花病が──いや、心当たりがある。心臓に行きはしなかったと言われた
「…お前、なんだよ」
使い回されまくった、ベタなセリフが口から零れる。
『ワタシはラニモン、そう名乗らせてもらおうか』
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