雪白姫

12話

 ぼーっとしてればいい検査を終わらせて、花曇はなぐもりさんの事情聴取を受けた。まぁ、黒ローブのことを話したくらいで終わってしまった。俺の持つ情報はそれくらいしか無い。


 昼休みの少し前に登校。五限目の抜き打ちテストを受け、今は六限目前の休み時間。

 日直にされていた俺は授業準備のため体育館にいた。同じ日直の灯護とうごが体育倉庫からなかなか出てこない。もう暫く待つかと思った時、中で何かが倒れるような音がして、急いで扉を開けた。


「灯護、大丈夫か!?」


 電気を点け中を見ると、灯護が女子生徒を体育マットに押し倒している。俺に気づいた二人は「あ」と声を出して、こちらを見ていた。天を仰ぎ、思考はぐるりぐるりと巡っていく、何もまとまらない。


「…ごめん、邪魔したな」


「誤解だ春章はるあき


「お前も男だもんなぁ、そうだよな、うん。いやあー……俺は合意なら、いいと思うぞ!誰にも言わないでおくよ!」


「違うって、誤解だ、事故だ」


 そんなフィクションみたいなことあってたまるか。

 さっさと扉を閉めようとすると、灯護が物凄いスピードで包帯ぐるぐる巻きの腕を滑り込ませてくるものだから焦る。


「ばっかお前!?何考えてんだその腕で!!」


「お前が閉めようとするからだろう!俺は立て掛けてあった棒が倒れてきたから、彼女を守ろうとしただけだ!」


「彼女ォ!?」


 女子生徒は灯護に抱きついていた。

 付き合っデキてる?いつの間に?俺の知らない間にこいつも青春楽しんでる!?


「彼女、彼女…??」


「ああもう、クソ…雪白ゆきじろ君、頼むから離してくれ」


 灯護がそう言うとそいつは渋々離れた。

 雪のように輝く白い肌、真紅のような赤い頬と唇、夜を閉じ込めたようなセミロングの髪が艶めく。たくさんの白い花が髪に混じり、咲いていた。可愛いや可憐より、美しいという言葉が似合うだろう。去年のミスコンで、そう紹介されていたか。こうして雪白さんをまじまじと見るのは初めてだ。たしかにとても綺麗な人だ、一位をかっさらったのも納得できる。

 フルネームは雪白 姫乃ひめのだったか、居眠り常習犯。いつも眠たそうにしているが、今日はぱっちりと目が開いている。俺を気に留めることなく、雪白は灯護のジャージを脱がせていた。


「灯護くん、借りてくね」


 灯護のジャージを羽織り、体育倉庫から出て行った。灯護の上半身は、無地の青いTシャツ一枚になっている。


「全く…アイツ最近、俺にばかり構ってくるなぁ」


「俺の着るか?灯護」


「いや、大丈夫だ。鴨宮かもみや先生に言われてるから、しばらく体育は見学だしな」




 ──靴底のゴムと、ワックスが擦れる音。そしてボールが跳ねる音。六限目の授業はバスケットボール。俺と灯護は端の方に座って、簡単なレポートを書きながら、女子の試合を見ている。


「パス!」


「落ち着いてこー」


 Aチームも、Bチームも、雰囲気は一見良さそうだ。本気マジになっているのか一部、特にバスケ部の奴は目が怖い。


「行けキョーカ!」


「ぶっ飛ばせー」


 一方で、他の男子は野次を飛ばしていた。


「..春章、好きな人とか居ないのか?」


「そういう灯護はどうなんだよ、雪白さんとか」


「雪白君は事故だと言っただろう」


 頬をつねられるが痛くない、優しい。むに、むにと遊ばれる。


「あ、くそぉ!ごめん!」


 好きな人、作らなきゃダメというわけじゃない。友達という関係が心地いいから、壊したくない。──跳ねるボールではなく、揺れるボール達に目が行くことがあるのは思春期だから。そう言い訳したい。


「雪白さん、パス!」


「わっ」


 一人ぽつんと立っていた、灯護のぶかぶかジャージを着ている雪白さんにボールが渡る。じり、じりと他の女子が詰め寄っていた。無理にシュートするつもりだろうか。膝を伸ばして、彼女は飛び上がる。ボールは真っ直ぐ、ゴールリングへ向かう。


「惜しいーっ!」


 残念ながらリングに当たって、俺の方へ飛んできていた。俺はぼうっとしていて、避けも構えもしなかった。


「んげっ」


 綺麗に顔面キャッチ、最悪だ。髪がちょっとしたクッションになったのか、痛みはそこまで無かった。


大車おおぐるまぁ!大丈夫かー!?」


「ご、ごめん、大車くん」


「平気平気、頑張れー」


 ボールを手に取り、女子の方へ転がした。


「鼻血出てるぞ、春章」


「え、嘘」


「嘘だよ」


 熱い試合は続き、チャイムで終了。雪白さんのいたAチームが勝利を収め、皆で拍手を送った。体育教師はいつの間にか居らず、代わりに香月先生がいた。香月先生のただ一言「おつかれ」を聞いて解散。

 全員更衣室で着替えている。


「春章くぅん、女子の胸見てただろ?」


「…見てねえよ」


「見たやつは皆そういうんだよ。分かるぜ?うちのクラスの女子結構あるし。あ、キョーカとか結構デカいもんなぁ、Eとかあるんじゃね?アイツ」


 チャラそうな、ちょっと苦手なタイプに肩を掴まれた。耳を傾ければまあ下品な話しかしない奴だ、好きになれん。払いたいがだいぶ力が強い。助けてくれー灯護。


「お前らも部活あるだろ?早く着替えたらどうだ」


 祈りは届き、灯護がさっとチャラ男の手を払ってくれた。こういう時、肝の座った友達は助かる。あのOLから名刺を受け取る辺り、座ってるどころか胡座かいてる気がするけど。冷めたらしく、舌打ちをしてさっさと出ていった。




 寄り道せず、帰宅。


「ただいま」


 返事は無い。唯一の家族である姉は、まだ帰ってきていないようだった。最近は特に忙しいようだし、仕方がない。

 自室のベッドに倒れ伏す。やっと、やっと自分の家に帰れた。たまには、ほんとたまには、ちょっとくらい、ああいう非日常イレギュラーがあっても、いいかもしれない。死にそうになるのは困るが。


 ああ、やばい、眠い。風呂に入らないと。でも一日くらい、泉地いち先生が体を拭いてくれていたみたいだし…

 力が抜ける。ふわふわと、意識は真っ暗な海に沈んでく。





「お前は誰だ?」


 何も見えない海の底。どこからか、女性の声が聞こえる。


「大車 春章」


 どうせ夢だ。適当テキトーに、でもちゃんと本名を答えてやる。


「お前は花を、植物を、美しいと思うか?」


 これもまた、変な夢だなぁ。前までなら「綺麗だ」と、それだけしか言わなかっただろう。


「美しい。でも、今じゃ恐怖の対象だ」


「お前が思う秩序とはなんだ?」


 反応くらいしろよ、何だこの声。

 …秩序。混沌カオスの対。交通ルールみたいなもんだと、先生は言っていたか。


「俺はよくわかんねえ、灯護とかに聞いてくれよ」


「素直だな」


 これには反応するのか。よく分からん。夢ならまぁこんなもんか?


「何千年も、何万年も保たれていた秩序。順が乱されている」


「順?」


 なんとなく誰かの、女の怪しい微笑が見えた気がした。


「お前も、もう少しで──」


 ずん、と体がさらに沈んでいく感覚。重い、重い、よく分からないがクソ重い。


このまま、死んだりして。嫌な考えが過ぎった。

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