11話

灯護とうご?!」


「やっと起きたか春章はるあき。…お、美味いなこの林檎」


 頭や腕に包帯を巻いているだけの灯護が目の前に来て、林檎を食べる。壁にめり込んだりして軽傷なわけがないだろ。腕じゃなくても、俺と同じように肋骨とか逝ってるだろ。泉地いち先生はさりげなく、懐へ写真を隠していた。


「お、おま、おまっ………え?骨とか、折れたんじゃ」


「ああ彼ねえ、骨はヒビで済んでたうえに、もうほとんど治ってるんだよ。はっきり言ってイカれてる。でも完全に癒合するのはまだだろうから、激しい運動はやめようね」


 顔色はいつも通り、全然元気そうだ。林檎を頬張りながら頷いている。


「春章くん、後でバストバンドを持ってくるから固定しよう。身体を反らしたり、捻ったりせず過ごすように」


「は、はい…」


「それじゃ、ごゆっくり」と灯護に笑いかけ、先生は何処かへ行ってしまった。


「俺はぶっ飛ばされてから記憶が無い。気づいたらベッドの上。刑事さんに色々聞かれて…時折、お前のことを見に来てるが、すやすや気持ちよさそうに眠ってるし。何があったんだ?そんな状態になるなんて」


 話すべきか?先生は注射筒シリンジの写真を隠していたし、黙っていた方がいいのか? なんかやばい事件に関わったか俺?


「実は、さ。俺も、よく覚えてなくて…」


 考えている途中、口が無意識に動いた。でも、これでいいだろう。黒ローブが変な組織の一員で、俺の命を狙ってくる──なんて、映画みたいな展開になるかもしれない。灯護を巻き込みたくない。

 親しい人間が死ぬなんて、もう嫌だ。


「そうか。…あ、そうだこれ、プリントやら色々」


 なかなか分厚くなっているファイルを渡される。


「一週間分か、サンキュー」


「良かったな今が五月で。四月なら、委員会押し付けられてたぞ」


「ほんとにな」


 灯護はまた林檎を食べていた、食いしん坊か。


「ところで、春章。開花病ってなんだと思う?」


「…花が生える病。ただそれだけだと思ってたけど、変わったよ。異常な病だ、花を操れるなんて。あのOLさんが特殊なだけかもしれねえけど」


 林檎を食べる手を止め、灯護は真剣な顔になった。


「もしくは、花に操られていたのかもしれない。植物は俺たちが気づかない間に、進化しているのかもしれない」


「珍しいな、お前がそんなこと考えるなんて」


「この目で見てしまったからには認めるしかない、あの超植物を…」


 灯護は幽霊や超能力なんて存在しない派だ。だって直接、自分の目で見た事がないから。今の時代、心霊そんなものより科学だと。


「…早く治さなければ」


 灯護の目に一瞬、光がなかった気がする。


 空声からこえ 遼慈りょうじ、灯護の兄貴は開花病で亡くなっている。植物が心臓と脳を蝕み続け、手術は非常に難しく、数少ない医者達は匙を投げやがった。開花病は稀に、人を殺す病となってしまう。だが世間は「運が悪かった」と言って、終わらせるのだ。薬を作っているなんてニュースは流れていたのだが…いつからか、全く聞かなくなった。


 人を助ける仕事がしたい。だから、医者になる。灯護はそう言っていた。開花病を治せるほどの医者になると。

 遼慈さんからの、最期の贈り物のろいだと、勝手に俺は思っている。


「灯護ー、戻ってこい灯護」


「え…あ、ああ、すまない」


「ほら林檎食え。早く食わないと、味変わっちまうぞ」


 林檎を一匹差し出して、重たい空気を壊してやる。


「酸化して色が変わっても、味に変化はないぞ春章」


「あ、そうなの?思い込みか」


 ある種、灯護も病にかかっていると言える。表には出さないが、きっと開花病を憎んでいるだろう。



 林檎の雑学を聞いている途中、ノックもなく扉が開いた。

 灯護とはまた一味違う、なかなか端正な顔立ちの男。と言っても、俺たちと同い年ぐらいだろうか。憂いを帯びた紫眼が、印象的だった。


「あの、どちら様で…?」


「……あっ、えっ?失礼!」


「え、はい」


 扉が勢いよく閉まる。


「一瞬浮かない顔してたな、今の人」


「何があったか知らんが、いい方向に転ぶよう祈っておくとしよう」


「…そうだな」

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