8話

 後ろへ力強く引っ張られ、嫌でも目を開けた。今度はなんだ、また別のバケモンか!?


「はぁ…危ねぇ、セーフか」


 結構な勢いで尻もちをつくが、蔓で痛めつけられるよりマシだろう。ひらりとトレンチコートをはためかせ、中年くらいの男が隣に立っていた。


「…誰よあんた、邪魔しないでよ」


「お前さんみたいな奴の邪魔をする仕事をしてんだよ、俺は」


 手を見れば男は拳銃を構えている。拳銃それの所持を許されていると言えば、市民を守る仕事と言えば、警察か。


「ああ、好みじゃない…あんたから先に殺ってやる」


 蔓は凄まじい勢いでこちらへ伸びてくる。連続した発砲音が耳を刺す。仮想ゲームで聞き慣れていると思っていたが、現実リアルの音はどこか冷ややかなものだった。


 伸ばされた蔓が緑から、茶色に変わっていた。勢いを完全に失い、千切れ、ぼとりと地に落ちる。俺も、OLだって驚いた様子で見ているが、トレンチコートは意地悪そうに笑っていた。

 てっきり彼が持っているのは警察用の回転式銃リボルバーだと思っていた。アレの装填数は五、しかし発砲音は六発分で、装填数が合わない。よくその拳銃を見れば模造銃モデルガンにありそうな、綺麗な装飾がされている。あれは桜だろうか?


「痛い、痛い痛い痛いっ…!なんなの?!なんなのよぉそれぇッ!」


「俺が長ったらしく、犯罪者おまえさんに説明してやると思うかい?」


「クソが、クソがクソが、クソッタレが!」


 別の蔓がまたトレンチコートへ伸び、銃声が辺りに響いた。反射的に閉じてしまった目を開くと、OLがぶっ倒れている。


「ははっ!一発で潰したなァ」


 こめかみに生えている黄色い花がしおしおと、色を失っていく。


「腕を上げたな、花曇はなぐもり。昔から射撃の才能があるとは思っていたが──」


「何やってんすか名残なごり警部!一般人がいるっつーのに!!」


 暗緑のスーツを着た橙色オレンジ髪の男がいた。絆創膏やガーゼが顔にベタベタと貼られている。


「君、無事か?」


 花曇と呼ばれた人が手を差し伸べてくるが、腰が抜けて動けない。「あ」と小さく声が漏れ出す。


「無事だが、大丈夫じゃあなさそうだなァ」


「地面汚ぇ…汚いから、とりあえず立って」


 ケタケタ笑う名残さんを、彼は少し睨みつけていた。手首を掴まれ、強引に立ち上がることになる。骨張ってて、大きくて、ザ・大人って感じの手。パッと見は大学生くらいの見た目なのに。


「今回は結構危なかったみたいなので許しますけど警部!置いていかないでくださいって、いつもいつも、いっつも言ってますよね俺?!探すの大変で大変で、スマホにGPS入れて、ダッシュして…!」


「おぉ、そうだったな」


 全く反省していないご様子。花曇さんを見れば、青筋が浮かんでいた。相当この名残さんひとせいでストレスを抱えているんだろうか。


「お前さん、飴は好きか?」


 頷くと名残さんから棒付き飴ロリポップ・キャンディを手渡される、包装にはソーダ味と印刷されていた。スーパーでもコンビニでも、どこにでも売ってる安くて美味しい飴、遠足の時は必ず一本持って行ったなあ。顔にある傷から怖い人だと思っていたが、中身はどうやら親戚のおじさんだったらしい。


「そういや名乗ってねえな、失礼。俺ァ名残なごり作之助さくのすけと言う。警視庁刑事部捜査第一課、三係の警部だ」


 ぱかりと警察手帳を開き、見せてくる。「所属同じく、巡査部長の花曇です」と言って、暗緑スーツの男も向けてきた。花曇 天陽てんようと記されている。


「君の名前、教えてくれますか?」


「あ、俺は大車おおぐるま はるあ」


 ──プシュリ

 そんな耳馴染みのない音が聞こえた直後、左胸に痛みが走る。


「き、ッ」


 膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れそうになるが、どうにか仰向けになれた。今にも意識が飛んでしまいそうだ。胸になにを刺された?なにを撃ち込まれた?


「っは、そっちか!」


「しっかりしろ!」


 首を横に向けると刑事たちがやって来た方、彼らの後ろで何か、恐らく照準器スコープがキラリと光る。男か女かも分からない、真っ黒なローブを着た狙撃手スナイパー。フードを深く被り直していて、顔は見えなかった。「待て」と声を出したくても、左胸が痛すぎる、肋が折れているんじゃないか?デケェ穴でも空いているんじゃないか?息苦しく、咳とうめき声が出続ける。警部さんが視界から消え、地面を勢いよく蹴り飛ばす音が遠のく。


 得体の知れないものが、胸から体に流れ込んでくる。暑くて、熱くて、異物感が半端ない。死ぬという感覚は体験したことがないが、死の直前はこういうものか。妙に納得してから、瞼が落ちる。

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