7話

 引き摺られたせいで俺も灯護とうごも擦り傷だらけ。抵抗しなければこうはならなかったかもしれないが、謎の植物に掴まれ、どこかへ連れていかれそうになったら誰でも抗うだろう。誘拐だ誘拐、犯罪だ。蔓は満足したのか、分からないがゆっくりと離れていった。


「この服、割と気に入っていたんだが」


「クリーニングでどうにか、いや穴空いてるしな…」


「お初にお目にかかります」


 ふらり、ふらり。今にも倒れそうな、背筋の悪い女性がこちらへ歩いてくる。外だと言うのに靴を履いていない。頬は肉がなく痩け、目はかっぴらき、血走っている。スーツや顔には赤い液体が飛び散っていた。パッと見、怪我はしていない。あまり考えたくはないが、返り血なのか。だがやはり、一番目を引くのは、こめかみ辺りから生えている植物。艶っぽい黄色の花が咲いていた。


わたくし、こういう者です」


 ペコペコしながら、優しそうな笑顔をこちらへと向けながら、赤い名刺を一枚出してくる。固まる俺を置いて、灯護はそれを受け取った。


「ふむ。…人殺しOLにしか見えないな。」


「と、灯護?お前、怖くないの?」


「怖いが、この前見に行った映画にいたぞこういうの」


 確かにスプラッター映画、ホラー映画の殺人鬼でありそうだが言ってる場合か。臆する様子のない灯護とビビりの俺を、OLは品定めするように見ている。ねっとりした、嫌な視線だ。


「……ええ、どこにでもいるOLです。でも訂正、私は人を殺してない、臆病者ですから。蚊の一匹だって、殺したことはありません」


 一歩、一歩と、気づけば俺も灯護も、足が後ろに向かっていた。明らかに異様な人間。


「私、夫に不倫されたんです。私はずっとあの人だけを愛していたのに。だから、夫と不倫相手を、ずっと、痛めつけて痛めつけて、私の苦しみを、辛さを分からせてあげてッ!!──…最後は、向こうが勝手に舌噛んで、死にましたよ」


 恍惚とした笑みを浮かべ、OLは頬についた血を撫でる。声には憎悪が含まれていた。距離を少し詰めてくる。


「あの人、最期まで、私に謝ってくれなかった。愛してると言ってくれなかった」


 ふっと、彼女から笑みが消える。


「叫ぶだけで、泣くだけで、非を認めなかった。私も我慢せず、遊んでいいよね。竜二りゅうじさん」

春章はるあき、逃げ」


 緑が風を切り、視界から灯護の姿が消える。隣を向けば、灯護は壁に叩きつけられていた。まるでアニメや漫画のワンシーンのように、項垂れ、頭からボタボタと血を流している。そのうち破片と一緒に、地面へ落ちてきた。気絶しているのか、名前を呼んでも、揺さぶっても全く反応がない。いや、こんな状態の人を揺すってはいけなかったか。


「少し待ってくださいね、金髪くん。私、ショートケーキのいちごは最後に食べるので。」


 品定めの結果か!

 ああどうする?!一人では逃げられない、灯護を見捨てられない。俺が逃げたら、このOLは追っかけてくれるかもしれない、灯護をそのまま嬲り殺すかもしれない!

 俺は一般人だ、ただゲームやアニメが好きな、普通の男子高校生だ!化け物を相手にできる武術を習得していたり、拳銃や懐刀を持っていたりなんてしない。そんなものあっても、通用するとは思えない。


「金髪くんが目覚めるまで、楽しませてください!」


 女のこめかみに生えた、蔓が伸びてくる。先程のように速いのだろうが、全部がスローモーションに見えた。


──こういう時に、主人公は力に目覚めるよなぁ。


 逆境で能力に目覚める主人公。嫌いじゃないが現実はそう甘くないし、俺は脇役だ。誰かの人生シナリオを支えるなんて、素敵な役回りだと思う。痛い思いをしない、死なないタイプの脇役。でも俺がそうでありたいと望んでいるだけで、神さまが決めたのは、俺に与えた運命やくめは、死ぬタイプの脇役だったらしい。俺が死んだ後なら、主人公とうごを助けに誰かが来てくれるのだろうか。

 ぼうっと、立つだけになる。そのまま痛みを、死を待った。

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