第3話 ユニコーン死す

「今回は一部、八咫烏との合同任務だ。途中までは彼らの指示に従ってくれ。その後は追って連絡する」


そうオーナーに伝えられた柊たちは、任務の具体的な内容も分からずに、表に停めていた白の車に乗った。


柊は運転席、雫は助手席、後部座席にはユニコーン。しかし彼はシートベルトもせずに寝転んでいる。尻が痛いからだ。


少し車を走らせた先で信号待ちになり、柊たちは車内に置いてあったアタッシュケースを開く。


中には今回の任務について書かれた資料と、ほぼワイヤレスイヤホンのような通信機器が3人分入っていた。


彼らは資料には目もくれず、通信機の電源を入れ左耳に装着し、八咫烏へと連絡を取る。ちなみに、右耳にはアカシックレコードの仲間内専用の通信機器が着いている。


『あー。あー。聞こえるか?』

『聞こえている。アカシックレコードでいいな? 私は八咫烏実働3課の斎藤だ』


八咫烏は、はるか昔より日本を影から支える秘密結社である。その目的は日本という国の存続。裏天皇として、あるいは裏の政府として、常にその力を確固たるものとし、この国を守り抜いてきた。


実働課とは、潜入調査や、簡単な戦闘をこなすことを主にした任務を請け負っている部署である。最も公安に近いとも言われている。


その他にも対異能特異課や戦闘部隊などが設置されている。


『OKOK。俺はアカシックレコード東京支部のリーダー、田中だ。よろしく頼む』

『ああ。任務の詳細は資料で確認しているな?』


先ほどから放置されていた資料を引っ張りだし、その量の多さに読む気を失いながらも、柊は資料を雑に確認し、答えた。


『もちろんだ。全て頭の中に入ってる。······あれだろ、あれ』

『秘密結社黄金会のアジトに踏み入る。そして、その背後に居るモノの正体を突き止める。黄金会だけならば特に警戒は必要ないが、最近になって動きが怪しくなっているからな』

『その通りだ。よく分かっているじゃないか』


今初めて詳細を知った柊は適当に返事をする。もちろん、チラリと見た資料はほとんど頭に入っていない。そして、カーナビに表示された目的地を見ながら、動き始めた前の車に向けて少しずつ車を進めた。


『まぁ俺たちの支援が必要になったら、呼んでくれ。とりあえず目的地まで行けばいいな?』

『そうしてくれ』

『了解』


そう言って通話を止めた柊は、隣の席で資料を読んでいる雫と、後部座席で項垂れているユニコーンに声をかける。


「お前ら黄金会って知ってるか?」

「聞いたことが無い。ただ、それの施設に林秋人が捕まっているらしいぞ。資料によればな。あと、蓮も来てるらしいぞ」

「ヴ······」


雫の言った蓮とは、アカシックレコードに所属する異能力者である。岡本オカモト レン。坂上悠と同い年で春から高校3年生になる。


そのまま彼女は、粗方読み終えた資料を後ろのユニコーンにも渡そうと振り向いた。


「ほらユニコーン、資料だ」

「······マズイ」


呟いたユニコーンは全身に冷や汗をかき、小刻みに震えている。


「ユニコーン? ······お前、まさか!」

「すまないお前たち。俺はもう、ダメみたいだ」


声をかけた雫と、運転していた柊は同時に気付いた。


――ユニコーンの腹から異様な音が鳴り響いている


被り物をしているせいで端からは分からないが、その顔は青ざめている。


「念のために聞いておこう。ユニコーン、生まれそうなのか?」


柊は恐る恐る尋ね、雫は固唾をのんで見守る。


「あぁ、そうだ! 俺の中に存在しているダークマターたちが、今ッ! 解放されようとしているッ!! 」


後部座席で横になったまま、彼は叫ぶ。ウンコが出そうなのだ。今まで便秘によって溜まったモノが、排出されようとしている。


「······そうか、ユニコーン。今までありがとう。そして、あまり私に近づかないでくれ」

「ごめんって!」

「お前はイイやつだった。具体的には思い付かないが、良いところがたくさんある」

「柊、お前、思ってないだろ!」


車は再び信号に捕まり、柊はダメ元で近くの公衆トイレを探す。すると、近くに工事現場があるとカーナビに表示されている。もしかするとその中に仮設トイレがあるかもしれない。


「ユニコーン、落ち着いて聞いてくれ。この近くに工事現場がある。俺の見立てでは、そこに仮設トイレが設置されているはずだ」

「······うぐっ、そうか、わかった」

「あまり喋るなユニコーン。傷口に······いや、尻に響く。車でできるだけ近づくから、それまで我慢しろ」


ユニコーンの挙動がおかしくなり始め、さすがにマズイと感じ始めた柊は少しだけ気遣いをした。


「すまんな、俺はこれ以上、お前らを苦しめる訳にはいかない。ここでいい、下ろしてくれ」


だが、限界だった彼は、自らの足で歩むことを選んだ。戦友である彼の決断を蔑ろにすることなど、柊と雫にはできない。


「分かった、餞別だ。これを持っていけ。簡単な認識阻害効果がある」


そう言って雫は手のひらサイズのお守りを渡した。


「ありがとよ。じゃあな」


そう言い終えると、ユニコーンは車のドアを開き、飛び出す。そして、走った。彼は自身の人生の中で、これ程までに全速力で走ったことはない。そのフォームは美しく、とにかく前へ進むという意志が感じられる。


「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ああああああ!!」


奇声をあげながら駆けるウマ漢、ユニコーン。雫のお守りを持っているため、感の良い者以外は彼を認識することができない。


トップスピードを維持したまま、角を右に曲がった時、異変は訪れた。


ユニコーンを確かに見つめる、2人組の男。彼らは黄金会の者である。その顔は、まるで未知の生命体を見つけたかのように引きつっていた。


「な、なんだこいつ」

「あまり近付きすぎるなよ」


だが問題は、その彼らの隣に仮設トイレがあることではない。ユニコーンの限界が近いことだ。


「······ここまでか」


ユニコーンは走るのをやめ、全身の筋肉を引き絞り、四つん這いになりながらも、ゆっくりと男たちに近付いていった。そして、それにあわせて男たちも後ずさる。


限界まで仮設トイレに向かって進み、ユニコーンは叫んだ。


「シェェェェェェェェェェェ!!」


全身、主に下腹部に力を入れ、再び立ち上がる。


その瞬間、雲の隙間からユニコーンを目指して一筋の光が差し込んだ。彼は謎の異臭と共に、誰にも背中側を見せることなく、仮設トイレの扉を開く。


「この世界は美しい。だが、レクイエムの時は近い」


そう言って彼は扉を閉めた。


残された黄金会の2人は言葉を交わす。


「何だったんだアイツ」

「ただの不審者のようだ。気にすることはない。それよりも八咫烏が来ている、急いで持ち場に着くぞ」

「ああ」


そしてまた、柊と雫も車の中で言葉を交わした。


「ユニコーンがやられたか。邪教徒め。だかヤツは四天王の中でも最弱」

「宗教団体程度に負けるとは、四天王の面汚しだな」


そうして全員が、騒がしい街の中を進んで行った。

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秘密結社の活動記録~その実態はヤバい奴らの集まりでした~ 前田カメレオ @camereo123

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