第2話 決起集会
東京。ネオンに照らされた超高層ビル郡からは外れ、人通りはそこまで多くはないが、しっかり整備された歩道。そこにある、路地裏へ続く道の1歩手前に、その店はあった。
――Bar AKAYONC
またの名を秘密結社アカシックレコード東京支部。このバーは、秘密結社アカシックレコードの構成員が日々の活動の拠点として使用している。
店の名前は書いておらず、看板すら置いていない。一般の客も来ない。だがこれは、この店のオーナーの趣味である。彼女、あるいは彼は、これがカッコいいと本気で考え、世界中にある支部、支店にも同様のことを施している。もっとも、拒否する所も多いが。
そんな、開いているのか、閉まっているのかさえ分からない扉を、慣れた手付きで開く男。
全ての物事がめんどくさい、と言わんばかりの目つきに、ボサボサだが最低限手入れされた黒髪。愛用の茶色いコートをなびかせて、柊は中へ入る。
店の内装は、そこそこ広い洒落たバー、と表現するのが1番近い。カウンター席が12個、テーブル席が4つ。その間には多少のスペースがあり、さらに奥にはエレベーターと階段が設置されている。
「おい、ユニコーン。オーナーはまだか?」
少し開いたスペース、店の中央に、ユニコーンと呼ばれた男は、腕を組みながら立っていた。褌一丁に白馬の被り物。その剥き出しの腹筋は割れているが、見せ筋である。
「ああ、来てない」
「そうか」
柊は尋ねながら定位置、入り口側のテーブル席に座ろうとする。その時、ユニコーンは移動する彼の肩を掴み、その動作を中断させた。
「なんだよ」
肩を掴みながら、ひたすら自身を見つめてくるユニコーンに柊は問いかける。だが、その回答が返ってくる前に、店のベルが鳴り響き、また1人、このバーの中に入って来た。
白髪。そして、肩に当たるくらいの長さのボブスタイルを外ハネに仕上げている。顔立ちと、特に目が凛としている、圧倒的美少女。青い瞳も美しい。
さらに、剣道着のようにも見える着物。上は灰と白のチェックで、下は黒一色。そこに刀を一振装備した女。
「おはよう。オーナーは来てないのか」
「らしいぞ。ところで、悠は一緒じゃないのか」
雫は柊の質問に、実はな、と口ずさみ、遠い過去でも思い出すかのような目をして、答える。
「昨日の夜に、急にエビフライを買ってくると言って、そのまま失踪したんだ。昨夜は少し冷えたからな、風邪をひいてないか心配だよ」
「なるほどな。まぁ、道端でキレイな蝶々を見つけたとか、そんなとこだろ」
一連のやり取りを終えて座ろうとしている2人に、ユニコーンは声をかけた。
「待ってくれお前ら。俺の前で座らないでくれ」
「さっきから何だよ。理由を言え」
執拗に座らせないようにするユニコーンに、柊は顔色を変えず、再び尋ねる。
「俺は今、痔なんだよ! 痛くて家でも芋虫みたいに過ごしてんだよ。仲間だろ? この痛みを皆で分けあってくれよ!」
柊と雫は深々と腰掛けた。柊は先程座ろうとしていた所、雫はカウンター席の、入り口側の一番端。
その行動にユニコーンは、両手を大きく広げ、その馬の頭の目を鋭くした、ように見える。
「何て奴らだ! お前らはもう、終わりだ!! 夜道に気をつけるんだな」
「なんでこんな朝っぱらから呼ばれたか、お前ら知らないか?」
ユニコーンの言葉を無視し、柊は集められた理由を2人に聞く。今は朝の5時。ここにいるのは、普段から早起きの雫、たまたま起きていた柊、そして痔のせいで、上手く寝られずにいたユニコーン。その他のメンバーは来ていない。あるいは、まだ寝ている。
「さあ、あるとしたら、日本のどこにもエビフライが売っていないとかか?」
「俺の痔を皆で治す為に呼んだんだろ」
両者とも柊同様に理由は知らなかった。ただ、連絡をよこしたオーナー本人がまだ来ていないのなら、そこまで大事なことでもないだろうとこの場の3人は考えた。
そして今度は、ずっと痔のことを気にするユニコーンに、柊は話の矛先を変えた。
「······ユニコーン、そんなに痛いなら病院行けよ」
「今日行く予定なんだよ。ずっと便秘だし、朝食にしっかりパンも食べてきたぞ」
「パン? 何でパンを食べたんだ?」
ユニコーンの答えに違和感を持った雫が聞き返す。
「朝にパンを食べるとウンコしたくなるだろ」
柊と雫は、めんどくさそうな顔をする。
「知るかよ。あと俺は、宗教上の理由で朝にウンコはしないんだ」
「私は女の子だからな、ウンコはしない」
「マジかお前ら、やべぇな」
そんなことを話していると、店の奥のエレベーターのランプが光った。
扉が開き、中から車椅子に乗った少女が出てくる。両目は閉じられていて、白に近い金髪。その車椅子は手押し型だが、ひとりでに前進し、ユニコーンから1メートルほど離れた所で止まった。
「やぁ諸君。今日は良い天気だね」
見た目に反し、野太く落ち着いた、男の声。それに混じって一般的な少女の声も聞こえる。
彼、あるいは彼女こそが、アカシックレコードのオーナーと呼ばれている者である。
そして柊たちは、オーナーの方に視線を移す。
「会話下手かよ。さっさと用件を言え」
「すまないね、こんな早朝に。それで任務の事なんだが、ちょっと前に状況が変わって、君たちに頼ることになった」
オーナーは目を閉じたまま雫の方を見て、任務の内容を話し始めた。
「昨夜、林秋人という人物がとある秘密結社、宗教集団にも近いものに誘拐された。彼を助けて欲しい」
「あぁなるほど。可哀想に。周りに合わせる顔がないという訳か、すぐに介錯しなければな」
雫は、誘拐されてしまった秋人に涙を流し、これ以上の生き恥を晒させまいと、そっと刀を握る。
その反応を見たオーナーは、額に指を当てた。
「あー、これは救出任務なんだ。助け出して欲しい。」
「チッ」
「まぁ待ってくれオーナー、それは死体でも良いのか?」
舌打ちをした雫に代わり、今度はユニコーンがオーナーに質問をする。
「芋虫君、君は救出と言ったのが聞こえてないのかな?」
「柊、生きて助けるらしいぞ」
話を振られた柊は、いつもの眠たそうな目をキリッとして、人によってはイケメンのようにも見える顔をして、答える。
「そうみたいだな。だが問題ない、全て俺たちに任せておけオーナー。この俺が解決できなかった事件なんて、1つたりとも無いからな」
ドヤ顔で言い終えた柊にオーナーは眉間に皺を寄せた。
「まぁ、そうだね、その通りだ」
これまで、オーナーは様々な任務を柊たちに依頼してきた。その上それらは、どのような形であれ成功を納めたのである。
「期待しているよ、諸君」
そして今日、新たな任務が始まった。
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