秘密結社の活動記録~その実態はヤバい奴らの集まりでした~
前田カメレオ
第1話 誘拐されたい者たち
高校2年生に進級する直前、春休み辺りに
――彼は求めていたのだ、世界を
そこら辺の曲がり角でパンを咥えた美少女に出会うこと。ある日突然、異能力に目覚め謎の組織と戦うこと。退屈な授業中になんの予兆もなく魔方陣が出現し異世界へ転移すること。こんな風な生活を夢見ていた。ただただ教室で授業をするだけの高校なんて高校じゃないと、彼はそう思っていた。
そう考える秋人とは裏腹に、高校入学後から今日に至るまで彼の身には何も起きていなかった。だから、彼は喜んでいた。東京という魑魅魍魎が跋扈する土地で、自身が新たなる世界に足を踏み入れることに。
「フハハハハハハハハハッ!!!」
彼は笑いながら、引っ越し先の住宅街を徘徊していた。どこかに美少女の住む家はないか、どこかに怪しい組織の者はいないか。排水溝を漁り、ゴミ箱を漁り、その痕跡を捜していた。
時刻が零時を過ぎた頃、住宅街を少し出て薄暗い路地の所。秋人がタップダンスをしていると、不意に黒のワンボックスカーが止まった。
「林秋人か?」
車から出てきた、黒いコートのようなものを着た男に、声をかけられる。秋人は一瞬だけ思考を巡らして答えた。
「違います。俺は山田太郎です」
「コイツだ! 連れていけ!」
「うわぁぁぁ」
いつの間にか複数の男に囲まれていた秋人は、少し抵抗するも、すんなりと車のトランクに押し詰められた。
しかし、彼は全力で抵抗したわけではない。相手はなぜか秋人の名前を知っていた。秋人を狙った計画的な犯行。このことに思い至った秋人は1つの可能性を見いだしていた。
――自分は実はスゴいヤツなのではないか
「······俺は今、何かをひしひしと感じている。遂に来たんだ、この時が! お前らァ! 速く俺を連れていけぇ!」
「チッ、うるせぇぞ、ガキ」
彼は嬉々として誘拐されたのだ。ただ、誘拐した側はその態度に不快感を覚え、トランクに入っている秋人を1発殴ったあと、何かの薬を飲ませ、眠らせた。
そして、この現場にもう1人、高校生がいた。Yシャツのボタンを全開にし、中には黒いシャツを着た男。
「スゲェ、人が誘拐されてる。······SNSに上げなきゃ! そんでもって俺も、誘拐されてみたい!」
悠はスマホを構えながら、誘拐犯の元に走り出した。
「ワああァァァァァァァ!! 俺の! そばにィ! 近寄るなぁァァ!!」
最初に秋人に声をかけ殴った男は、奇声を上げて近付いてくる悠に一瞬だけ怯むと、すぐにボクシングにも近い構えをとった。
「なんなんだよ、最近のガキは。きしょいな」
悠が男の間合いに入るといきなり右ストレートが飛んできた。たが、それを避けることなく顔面で受けると、そのままトランクの中に突っ込んでいった。彼もまた、嬉々として誘拐されたのだ。
「いやホント、意味わかんねえ」
高校生2人がトランクの中で動かないことを確認した男は、彼らのスマホを取り上げた後、車の助手席に乗った。そして、運転席にいる部下に指示を出す。
「うし、いいぞ、出せ」
「わかりました。······でも、いいんですか? 知らないヤツも乗ってますけど」
「んー、まぁ大丈夫だろ」
黒の車は住宅街を抜け、人気のない場所へと進み出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「ッ······」
灰色のタイルが敷き詰められた部屋で、秋人は目を覚ました。
「頭いたい······あーそうだった、誘拐されたんだった」
自分の身に起きたことを思い出した彼はまず、状況を確認する。
スマホなどの所持品は全てなくなっている。両手は縛られていてほどけそうもない。体ごと縄でイスにくくりつけられているが、どうにか立ち上がることだけならできそうだった。もっとも、イスを背負う形になるだろうが。
そして、秋人の左側。自分と同じような格好で捕まっている悠が居ることに気付いた。
「おー、目ぇ覚めたんだ」
悠に話しかけられた秋人は、自分以外にも同じような状況の者が居ることに驚いた。悠がトランクに突っ込む前に秋人は気絶している。
「えぇ、はい。そっちも誘拐された感じですかね?」
「そうそう。あんたが連れていかれてるところ見つけてさ、俺もそんまま」
2人の間に沈黙が走る。互いに目を合わせたまま時間が過ぎて行く。
悠の黒髪は、眉毛にかからない位の長さで、ストレートともパーマとも言えないようなもの。彼の瞳も同じく黒色で力強く前を向いている。
対して秋人は、東京に行くからには、と髪の毛を茶色に染め、清潔感を出すために短髪にしている。瞳は若干茶色みがかった黒色だ。
彼らは互いの容姿を無言のままに確認し合い、しばらくして悠が口を開いた。
「なあ、俺、今さ、スゴく自己紹介したい気分なんだよ」
「なるほど。確かに、言われてみたら自分もそんな気がするような、しないような」
秋人は別段、人とコミュニケーションを取ることが苦手というわけではなかったが、誘拐されたことも相まって、少しだけドギマギしていた。
「じゃあ、俺の名前は坂上悠。んで高3。そっちは?」
「高2の林秋人です。今日東京に引っ越してきたばかりです。それで、多分なんですけど······」
秋人は溜めを作って、真剣な顔で言い放った。
「俺、めっちゃスゴいヤツなんですよ」
秋人のドギマギは収まってしまった。
「ほほう」
悠もまた真剣な顔で答えた。そして、秋人は自身の見解を述べ始める。
「おそらく、俺の中に眠っていた何かが覚醒したんですよ。それで、どっかの何かがどうにかなって、俺はスゴいことになりました」
「マジか。お前スゲェじゃん。てことはさ、何かスゴい能力使えるんじゃね?」
「なんだか使えるような気がします」
2人が興奮しながら話していると、急に壁が開き、部屋の中に黒いローブを来た男が1人入って来た。誘拐時にいた男とはまた別である。
その男は秋人と悠の顔をそれぞれ眺めた後、秋人の方に近づく。
「······」
そして男は無言で秋人の服の上から、ボディチェックをするように触ってきた。先程まで盛り上がってきていた2人も、不意に入って来た男に、どうリアクションして良いのか分からず、無言だった。
「······」
ある程度探り終えた男は、そのまま開いた壁から出ていった。壁が閉まるのを見た秋人は再び喋る。
「な、なんだったんですかね、さっきの人。急に来たと思ったら、また出ていきましたよ」
その呼びかけに、今度は悠が溜めを作って話し始める。
「······秋人、これはもしかしたら、マズイことになってるかもしれない」
「え、どういうことですか? 先輩」
秋人は、出会ったばかりの人を名前で呼ぶのは良くないかもしれない、と考えて悠のことを先輩と言った。その上で、悠の言葉の意味を聞く。
「あの視線、あの息遣い。そして、あの熱烈なボディタッチ! 間違いねぇ! アイツはホモだ!!」
悠は嘘偽りのない真っ直ぐな瞳をしながら言い放った。
「なんだって! いえ、ですが待って下さい、先輩。あの人がホモだからと言って、何か問題が有るわけではないじゃないですか 」
秋人は、もし出会った美少女が特殊性癖を持ち合わせていようも、それを受け入れるだけの器を持っていた。
「まったく、甘いな、後輩。お前は俺が上げた問題の本質が、全然見えていない」
「くっ」
悠は自身で考えた、問題の本質を語る。
「いいか、今の男がホモなら、ここの施設にいるヤツは、全員ホモである可能性が高い」
「ッッ······た、確かに有り得ますね」
悠は秋人の体全体を見渡して、言葉を続ける。
「そして、お前はさっき言ってたよな、後輩。何かしらの能力に目覚めたと」
「······えぇ。言いましたが······ま、まさか!」
秋人は悠が言わんとしていることに気付いた。
「ああ、そうだ。つまりお前の能力は······」
秋人と悠の声が重なる。
「「ホモを引き寄せる能力!!」」
当然のことながらこの考察は間違っている。だが、非日常的な状態に少なからず高揚していた秋人は、正常な判断を行うことができなかった。
それゆえに、秋人は絶望に打ちひしがれた。顔色はすこぶる悪くなり、吐き気すらある。彼は女の子にモテたかったのだ。
「そんな······あり得ないッ。俺の能力が、こんな、こんなッ」
「落ち着くんだ、後輩」
下を向いている秋人に、悠は張りのある声で話しかける。
「これからどうするかが大切なんだ。落ち込んでる暇はねぇ」
悠は秋人に問いかける。
「秋人、お前はホモか?」
秋人の目に涙が溜まる。両方の手は、握りこぶしを作っている。天を仰ぎ男はこう答えた。
「先輩······俺は、女の子が好きです。褐色肌で、胸はCカップくらいで、膝上ニーハイソックスの女の子とイチャイチャしたいです!」
心からの、魂からの叫びに悠も答える。
「なら、やることは1つだ! 脱出するぞ!俺たちの処女を守り抜くんだ!」
「行きましょう! 先輩!」
イスに縛られたまま立ち上がったせいで、その腰は老人のように曲がってしまう。しかし、そんなことでは止まらない。彼らの冒険はこれからなのだ。
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