第206話 懐かしい演奏
王国歴164年12月12日 午前7時 クリッペン村 ティアナの家にて―――
帰国前日の朝7時、フラプティンナは誰よりも早くベッドから飛び下りる。
今日は、村の教会でレオンシュタインと共演することが決まっている。
披露する曲は、賛美歌2曲と二台のバイオリンのための協奏曲で、信じられないくらい練習した。
この1週間、レオンシュタインに音に圧倒されっぱなしだったが、今日こそは自分の音を響かせようと密かに決意していた。
(師匠、今日こそ肩を並べますよ)
寝間着のまま、ケースからバイオリンを出し、調弦を始める。
すぐに4人がベッドの上に起き上がる。
「ロス~。気合い入ってるね」
イルマがあくびをしながら、感心したように笑いかける。
ヤスミン、ティアナは寝ぼけ眼のままだ。
シノのベッドは既に空で、朝食の準備にかかっているらしい。
「ごめんなさい。でも、ここでしか練習できないから」
朝からヴォルグ作曲『二台のバイオリンのための協奏曲』が部屋の中に響く。
発表までは、あと2時間。
少しでも練習はしておきたいフラプティンナだった。
結局、本番間近まで練習を続け、シノが準備した朝食もそこそこに着替えを始める。
フラプティンナの身元がはっきりしないように、4人はシャルロッティの店から似合いそうな服を見繕ってきていた。
「わあ、可愛い服ですね」
フラプティンナが用意された薄緑色のワンピースに袖を通すが、どう見ても服が負けている。
高貴さを隠しきれていないし、違和感もある。
けれども、フラプティンナは全く気にせず、これで演奏すると宣言し、階下に降りていった。
警備主任は姫の姿を見てあっけにとられている。
「姫様にこのような服を……」
「とっても着やすいのよ。姫って気付かれないんじゃない?」
弾むような声でフラプティンナが答えるため、それ以上の苦言は差し控える警備主任だった。
外は初夏の日差しが眩しく、白い雲が所々で盛り上がっている。
歩いて10分の教会までの足取りは軽く、すぐに入り口に立っているレオンシュタインを見つける。
「レオン様、今日はよろしくお願いします」
レオンシュタインはフラプティンナの私服が新鮮で、その可憐な姿に見とれてしまう。
その様子を後ろの4人が、氷点下以下の目で見つめていた。
「レオン様、シノは久しぶりにキモノではなく、姫と同じワンピースを着ているのに、それを見てはくださらないのですか」
悲しそうなふりをしたシノが、非難の声を上げるのを見て、レオンシュタインは慌ててぎこちなくシノの服装を褒める。
シノはグブズムンドル風の薄いブルーのワンピースを着ており、いつもの落ち着いた様子ではなく、生き生きとした美少女っぷりが際立っていた。
髪の毛もいつの間にかポニーテールにしており、いつもとは違う魅力に溢れていた。
(シノの奴。いつの間に? 相変わらず腹黒い)
ティアナ、ヤスミン、イルマの3人は、自分の服がいつもとあまり変わり映えしないのを気にするのだった。
教会内に入ると、そこには招待された孤児院の子どもたち8人とシスター、それにいつも教会に来ている大人達10名が座って待っていた。
また、グブズムンドルのヴィフト卿、警備主任も席の前に陣取り、村の重鎮達も顔を揃えていた。
ここを襲撃されたら大変なことになると、レネは密かにゼビウスに警備を依頼していた。
「俺も演奏を聴きたいんだ。副長に任せてもいいか?」
珍しくゼビウスが主張するのに軽い驚きを覚えつつ、レネはそれを許可し、第1中隊の副長ハルトマンが私服で警戒することになった。
部下10名も私服のままで警戒に当たる。
教会の中でも、ティアナ、イルマ、ヤスミン、シノが警戒に当たっている。
その万全の警戒の中、演奏会がスタートした。
「みなさん、こんにちは。私はグブズムンドル帝国からきたロスって言います」
普通の服を着ていても、その輝く美しさは隠しようがなかった。
生まれもった気品に圧倒され、観客は思わず後ろに仰け反るような感じになる。
さすがにフラプティンナは困惑し、レオンシュタインの方を振り返る。
レオンシュタインは、まず子どもたちに話しかける。
「すごくきれいなお姉さんだね。後で、いろいろお話してみるといいよ。何でも気軽に答えてくれるって」
それを聞いた警備主任の眉毛は逆立ち、子供たち(そして、男の観客)の目尻は逆に下がってしまった。
「じゃあ、早速、演奏しますね」
二人はバイオリンを構えると、賛美歌27番を弾く。
音が響いた瞬間、それまでざわざわしていた会場がしんと静まりかえる。
「さあ、では歌いましょう」
シスターの呼びかけに、みんなはっとして我に返る。
たどたどしいが、きれいな賛美歌が教会に響き渡る。
レオンシュタインとフラプティンナの掛け合いも見事で、素晴らしいハーモニーを奏でている。
あっという間に2曲の演奏は終わり、教会の中も暖かい雰囲気に包まれる。
「では、最後に『2台のバイオリンのための協奏曲』を演奏します」
子どもたちがぎこちなく拍手をするのを見て、レオンシュタインの顔が緩むのと同時に、目に真剣さが宿る。
2人の掛け合いが始まると、ティアナやイルマはレオンシュタインが本気で弾いているのが分かる。
この曲は荘厳な曲想で、華やかと言うよりは悲しさを乗り越えるという意味合いが強い。
(レオン……レクイエムのつもりで……)
ティアナはその意図を見抜いていた。
そのため、悲しみを前面に押し出した演奏になっていた。
フラプティンナはその悲しみに驚きはしたものの、その音色の美しさに心を奪われる。
(さすが師匠。素晴らしい音は相変わらずですね)
ともすれば圧倒的な技量に押されそうになるフラプティンナだが、懸命に音を奏でて、第1楽章が終了した。
第2楽章は、悲しみを少しずつ和らげ、思い出を表現するかのようなレオンシュタインの演奏になっていた。
華やかさと懐かしさが入り交じった音が教会の人々を支配する。
その懐かしい演奏を聞き、
(会えなくなってから、ずっと、ずっと、この日を夢見ていました)
レオンシュタインを見ながら自分の思いを伝えようとする。
レオンシュタインはその視線と演奏にに気がつき、
(さすがフラプティンナ姫は素晴らしい技量だ。演奏が格段に上達している)
気持ちは微妙にすれ違う。
最後の音を弾ききると、教会内に感動の静寂が訪れる。
次の瞬間、割れんばかりの拍手が響き渡る。
多くの人がその場から立ち上がり、二人を大きな拍手で包み込んでいく。
フラプティンナとレオンシュタインは笑顔で礼をし、満足げに見つめ合う。
「レオンシュタイン様、素晴らしい演奏でしたわ」
「フラプティンナ様も、ますます腕前を上げましたね」
その二人の様子を見ながら、多くの観客が近づいてくる。
警護のものは、一様に緊張する。
「ロスさん、握手してください」
「次の公演には絶対に行きます」
子供たちではなく、大人たちがフラプティンナの周りを囲んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます