第150話 フリッツ、呆然とする

 王国歴163年5月2日 午後3時 クリッペン村の海岸にて―――


 話し合いが終わった後、フリッツとレネは海岸沿いを目指して歩く。


「フリッツ、無理すんなよ。上手くいかなくて当たり前の話なんだ」


 吹けば飛ぶような村が、グブズムンドル帝国に借金を申し込むなんて正気の沙汰じゃない。


「いくら皇帝とレオンシュタイン殿のつながりがあろうとも、まわりがOKしないさ」


 足元にある小さな溶岩のかけらを拾い、海に投げつける。

 風が弱く、石は遠くまで弧を描いて飛んでいく。


「レネ。でも、資金がないと村の発展なんて望めない。俺たちには、今すぐ金が必要だ」


 フリッツの厳しい顔を見て、レネは、


「お前、肩の力を抜けよ。駄目なら俺が次の手を考えるよ。気楽に行こうぜ」


 と、胸をどんと叩く。

 フリッツは、ふっと表情を緩め、


「ありがとう。さすが我が悪友だ。そうだな、でも、がっぽり稼ごうぜ。それは、できそうなんだ」


 悪巧みを思いついた顔でレネの胸を叩き返す。


「ほう。そりゃあ楽しみだ。レオンシュタイン殿には負けるが、ハーレムでも作ろうか?」


「その気もないくせに」


「お前もだろ!」


 二人は大笑いしながら、がっちりと握手をする。


「じゃあ、行ってくる」


「絶対、帰ってこいよ」



 §



 村を離れる人たちは、すぐに移動となるため、クリッペン村に滞在したのはわずか5日だった。

 フリッツはグブズムンドル帝国へ、ヤスミンはギルドへ、レオンシュタイン一行はリンベルクへ、バルバトラスは王国と自分の家へ行くことになった。


「じゃあ、みんな元気で!」


 レオンシュタインの一言に全員が頭を下げる。

 そうして、全員、笑顔で出発した。




 §§§




「それでは最後の議題に移ります」


 重々しい声で議事役の男が議事を進める。

 グブズムンドル帝国の最重要の会議が佳境に入っていた。

 巨大な円形の会議室に、帝王と並んで、宰相、財務大臣など帝国の頭脳が一堂に会している。

 周囲には白を基調とした彫刻が立ち並び、豪華と言うよりは威厳を感じさせる部屋となっている。


「ヴィフト卿より提案のあった、クリッペン村への融資の件です」


 議事役は、フリッツの話をそのまま伝える。


「融資として大金貨500枚(50億円)を求めております」


 その瞬間、宰相から大声が上がる。


「馬鹿な、小さな村にそのような巨額の融資。しかも、一度我が国で演奏しただけの人物ではありませんか。すぐにお引き取り願いましょう」


 宰相の隣にいたシグオウリ公爵も負けじと大声で、


「大金貨500枚とは。呆れてものが言えん。すぐに叩き出せ!!」


「お待ちください!!」


 ヴィフト卿がその場に立ち上がる。


「私は融資すべきと愚考します」


「馬鹿な! どうかしてしまったのか、ヴィフト卿」


「なんだ、レオンシュタインから賄賂でも送られたのか?」


 閣僚の視線がヴィフトに集まる。


「私が賄賂などに興味がないことは、皆さんご存知かと思っていましたが」


 反対を唱えていた面々は決まり悪そうに横を向く。

 数年前の一大疑獄事件で、唯一、金銭授受を断っていたのがヴィフトだった。


「私はグブズムンドルのことを第一に考えております。レオンシュタイン殿は尊敬しておりますが、それとこれとは別でございます」


 きっぱりと否定した上で、


「私がこの提案を受けようと思うのは、我が国に大きな利があるからでございます。お聞きいただけるでしょうか?」


 シーグルズル7世は軽く頷く。

 それを見届け、ヴィフトは穏やかな声で話を進めていく。


「3つ理由がございます。まず第1はクリッペン村に水晶の産地があるからです」


 周囲からおおという、どよめきの声が上がる。

 フリッツが村の資料の中から見つけた、唯一お金になる情報だった。


「我が国では魔法の触媒として水晶を大量に必要としております。最近、鉱山が枯渇しつつあるのが大きな問題となっておりました。クリッペン村にはこれまで採掘されていない新しい鉱山があります。我が国からの融資があれば、他国よりも安く購入する交渉が可能です」


 そこで一息つくと、


「第2の理由は木材です」


 と、凛とした声をあげる。


「クリッペン村の西側には大森林が広がっております。大型船を多数建造した我が国は禿げ山が増加し、木材不足がかねてからの懸案でした。クリッペン村なら交渉次第で安く購入できます。王国に巨額のお金を支払う必要がなくなるのです」


 閣僚からは、なるほどと頷くものが多くなってきた。

 帝国が抱える問題を改善する提案は、さすがにヴィフトである。

 シグサンデ伯爵は、


「さすがヴィフト卿だ。我が国に、これほど利のある話は最近、聞いておらなんだ」


 と、援護射撃を行う。

 少し間を取って、ヴィフトは3つ目の理由を説明する。


「第3の理由は、クリッペン村には大型外洋船が碇を下ろせる天然の良港がございます。この港の重要性が分からない方はいらっしゃいますか?」


 柔らかい言い方だが、話していることは辛辣だ。

 これほど、帝国に巨大な利をもたらす話があるだろうか。

 周囲の閣僚は、低い呻き声にも似た声を上げる。

 王国の莫大な港の使用料は、帝国の発展の大きな妨げとなっていた。


「帝国に大いなる利をもたらすクリッペン村に、絶対に投資すべきです」


 きっぱりと断定して、周囲の反対派を睨み付ける。

 ヴィフトはグブズムンドル皇帝に向かって、


「私は大金貨1千枚(100億円)をレオンシュタイン殿に貸与すべきと考えます。担保は港にいたしましょう。融資返却の如何に関わらず、良港を使用することができます。大金貨1千枚なら安い買い物でございます。それを南大陸進出への足がかりとすべきです」


 と、大きく頭を下げながら言上する。


 そのあまりの額の大きさに、フリッツは夢の中にいるような気がした。


「どうかご賢察を」


 すると、皇帝はその場に立ち上がり、


「クリッペン村に大金貨2千枚(200億円)を貸与せよ。利率は年5%とする。期限は20年がよかろう」


 ヴィフトは頭を下げ、フリッツに直答するよう促す。

 フリッツはすぐに、


「皇帝の慈悲に心から感謝いたします。我が村は全力でその恩に報いるでありましょう」


 と返答する。

 皇帝は少し笑顔になり、優しい声になる。


「私は村の発展を願っている。レオンシュタイン殿によろしく伝えてくれ。フラプティンナの悲しむようなことのないようにな」


「全力で努めます」


 そこで閣議が終了となり、全員が退出するまでフリッツは頭を下げ続けていた。


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