(完結)ノイエラント ~バイオリン無双。音色が領土をつくるまで~

ちくわ天。

第1部 旅の中での出会い

第1章 旅立ち(という名の追放)

第0話 ティアナの独白

 私がレオンのメイドになった頃の話ですか? 

 そんな、面白い話じゃないですよ?


 レオンと会った頃の話を聞かせてくれと、隣を歩く髭男から言われて、少しだけ昔のことを思い出す。


(おい、また白豚伯爵が歩いてるぜ)


(痩せようと思わないのかしら?)


(兄二人と比べて不細工だよな)


 あの頃、毎日、レオンの悪口が聞こえてきました。

 気の毒だなと思ってましたけど、私は、それどころじゃなかったんです。

 朝から晩まで働かされて、ろくに食べ物ももらえなかったから。


 雪が舞い散る中、話でもしなければ身体が凍えてしまう。

 沼の周辺の風は冷たく、横を歩いていた髭の男も首をすくめている。

 レオンはずっと前を歩いていた。


 特にメイド長が私にきつく当たるんです。

 あの人、私の黒い仮面が嫌いだったのかなあ……。

 ティアナ、お前は気味が悪いっていっつも言われてました。

 どうやっても取れなかったんだから仕方ないじゃない、ねえ?


 私は自分の仮面を指さして同意を求めたけど、髭男は苦笑したまま、何も言ってくれなかった。


 初めてレオンと話したのは三日も食べてなくて、ふらふらしてた時だったかな。

 レオンの部屋に呼ばれて、何だろうと思ったら、ティアナ、オレンジの皮を剥けって言うんです。

 だから剥いたんですよ。


 部屋に爽やかなオレンジの香りが広がって、私は思わず唾を飲み込んだんです。


 そしたら、こんな剥き方の汚いものなんて食べられない、お前が食べろと言われて、むかついたけど夢中で食べたんです。

 もう一回剥けって言われて剥いたら、汚いからお前が食べろの一点張り。


 次に林檎を剥きましょうかと言ったら、林檎は好きじゃないからいらない。

 挙げ句の果てに、ティアナ、全部捨てておけと、こうですよ。


 何なんだ、この我が儘な奴はと思いながら、林檎を全部もらったんです。

 メイド部屋の小さなベッドに戻って、1つを取り出して夢中でかじったんです。

 久しぶりのご飯で、視界が涙でぼやけたのを覚えてます。

 あのときの林檎は甘酸っぱくて、少しだけ苦かったなあ。


 沼の周辺の風は冷たく、横を歩いていた髭男も思わず首をすくめている。


 次の日は、パンを持って来いと言われて、5つほど作ったんです。

 そしたら、こんな固いパンは俺の口に合わないから持って帰れって言うんです。

 はあ? ですよね。


 せっかく一生懸命焼いたのに、このバカ息子が! と心の中で悪態をつきながら、持って帰りました。

 2~3日は、お腹がすくことがなかったな。

 実はその頃、ずっとご飯抜きだったんです。


 1週間後、また部屋に呼ばれたら、中央のテーブルにあるスープの鍋を指さして、俺は豆のスープが嫌いだからティアナが飲め、そうしないと俺が叱られるって言うんです。

 

 鍋の蓋を開けたら、豚肉と香辛料の香りが部屋中に広がりました。

 人参やジャガイモ、豆、豚肉が鍋の中で彩りのモザイク模様を作っていました。

 スプーンで掬って口の中に入れると、野菜の優しい甘さとぴりっとした香辛料の香りがふわっと広がって、すごく美味しいんです。


 夢中で飲んでいたら、彼から変な音が聞こえてきたんです。

 お腹がなってたんですよ。


 そのときのことを思い出すと、自然と笑顔が浮かんでくる。

 髭男は本当かよって疑ってたけど、本当だから!


 それを隠すように、全部だぞ、全部飲めよとレオンは命令するんです。

 そう、鈍感な私にも、だんだん分かってきたんです。

 レオンは、私にご飯を食べさせようとしてるんだって。


 こんなことが続いたおかげで、私は元気を取り戻したんです。

 やがてレオン様付きのメイドになってからは、食事に困ることはなくなりました。

 レオンは前みたいに威張った態度はとらなくなりました。

 一緒に食べましょうみたいな、そう、いつもの彼のように。


 視線を前に向けると、レオンがペコペコと何かを赤毛の女の子に頭を下げながら歩いている。

 森の中を抜け、少しずつ明るい空が見え始める。


 そうそう、熱を出したとき、ただの風邪だからって台所で働かされたことがあったんです。

 レオン様の部屋には伝染うつすから行くなって言われて……二重に苦しかったなあ。

 でも、部屋に来ないのを不審に思ったレオンが、台所まで迎えに来てくれたの。

 すごくほっとして、その場に座り込んだのを覚えてます。


 レオンはそばに寄って、すぐに連れて行くと背負ってくれました。

 部屋につくとレオンは血相を変えて私の看病をしたんです。

 貴族がメイドの看病をね。


 私をベットに寝かせると、額に濡れたタオルを乗せるんです。

 全く絞らないから、水が流れて逆に気持ち悪いのなんのって。

 結局、自分が絞って載せ直しましたよ。

 でも、レオンは何度も何度も頭を冷やしてくるの。


 絞れって言ってから少し良くなったけど、やっぱり濡れたまま。

 やったこと無かったんでしょうね。


 私は仮面の奥で少しだけ口角を上げる。


 でも、嬉しかった。

 世の中に、ここまで私を心配してくれる人がいるんだなって。

 父様も母様も亡くなってしまった私は、彼だけが肉親のような気がしたの。


 でも、彼は怯えていたのね。

 前年に妹のカチヤ様を亡くしてから、彼は死を恐れるようになってしまった。

 自分の死ではなくて、大切な人の死を。


 この時、私はこう思ったの。

 レオンは伯爵家の三男だし、美男子って訳でもない。

 太ってるし、人気も無い。


 でも、ほかの誰にも真似のできない輝く王冠を頭に載せてるって。

 困っている人に手を差し伸べずにはいられない優しい人なんだって。


 それなのに、彼は周囲から、無視されるか、愚か者扱いを受けてきたの。

 よく一人で泣いていたけど、それは誰にも見せなかった。

 私と妹のカチヤ様以外には。


 だから私は決めたの。

 この人の王冠は神にしか見えないから、これからも周りにバカにされ続ける。

 でも、私、私だけは側にいて、この美しい人の世話をしてあげようって。

 

 ただ、旅に出てからというもの、意外にレオンって、もてるんだなって思いました。

 綺麗な人ばかり彼を好きになるんですよ……もう。

 ほら、今も前で2人の女の子とイチャイチャしてるじゃないですか!


「レオン! あんた、何してんのよ!!!」


 あっ、この話はレオンには内緒ですよ! 


 ---

 

 第0話を読んでいただき、心から感謝申し上げます<(_ _)>

 

 レオンとティアナさんのイチャイチャが気になる……

 と思ってくださいましたら、

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