第2部 華やかな北の都 グブズムンドル帝国

王都と北の帝国グブズムンドル(いい出会いと悪い出会い、先にどっちを聞きたい?)

第84話 王都へ

 王国歴162年11月15日 朝 コムニッツ公爵領 クラウスの宿の前にて――


 翌朝は宿の多くの人たちが、盛大な見送りに集まっていた。

 メイドたちが徹夜で作ったという横断幕が宿の2階に大きく広げられていた。


『世界一のバイオリニスト、レオンシュタイン様、ご出立!』


 さすがにレオンシュタインは恥ずかしかったけれども、同時にその好意が嬉しかった。

 メイドの一人はレオンシュタインに近寄り、こっそりと手紙を渡そうとする。

 その紙はすぐさまヤスミンによって抜き取られる。


「隠滅する」


 けれども、そのメイドもなかなかにタフで、第2、第3の手紙を送り出そうとする。

 そして邪魔をするヤスミンを口撃する。


「ファンレターを妨害するなんて、了見が狭い召使いね!」


「召使いじゃない」


「じゃあ、何?」


 そこまで言われるとヤスミンは言葉に詰まってしまう。

 自分はレオンシュタインの何なんだろう? 

 レオンシュタインはヤスミンの様子が変なことに気付いたが、支配人が離してくれない。


「レオンシュタイン様、いつでも我が宿にご逗留ください。首を長くしてお待ちしております」


 握手が固い、固すぎる! 

 それでも、レオンシュタインは感謝の気持ちで一杯だった。

 辺境伯の捜索から逃れ、沼のそばに潜み、疲れ切った身体と心を癒やすことができたのは、この宿のおかげなのだ。

 しかも、金銭的な不安も解消している。


「支配人、必ず演奏に来ますよ。約束します」


 大きく手を振り、ついに出発となった。

 宿の人たちはレオンシュタインの姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていたのだった。


「ねえ、また全員でこの宿、泊まろうね!」


 ティアナが悲しみを隠すように元気に提案する。

 イルマもそれに賛同し、珍しいことにヤスミンまで賛成する。


 馬も十分休息がとれたのか元気いっぱいに荷台を引く。

 バルバトラスやフリッツも顔に笑顔が浮かんでいる。

 前途が明るいものになるという予感が誰の胸にも浮かんでいた。


 ただ、季節は厳しさを増しており、雪がちらつく日が多くなってきた。

 匂いも冬らしく、鼻の奥がつんとするような感じになる。


「やはり防寒具が必要ですね」


 そう言いながらもフリッツは冷静に考えを巡らせる。

 果たしてこのまま北に向かうことはどうなのだろう。

 あと少しで本格的に冬になる。

 雪が積もれば、馬車は役に立たなくなる。

 雪の中を歩いて行くことは、それこそ命に関わる。


 同じことはバルバトラスも感じていた。

 確かにユラニアの王都には優れた演奏家がたくさんいるだろう。

 けれども、何も冬に行くことはない。

 王都は物価も高く、治安も悪いと聞いている。

 それならば、物価が安く安全な場所に行くのもよいのではないか。


 けれども、レオンシュタインの決意は変わらなかった。

 まずは王都を一目見たいという憧れが行動原理となっていた。

 そこは、いったいどういう場所なのか、知りたかった。


 また、ティアナの仮面がバンベルクで取れなかった今、王都であれば取れるだろうという期待もあった。

 それを聞いた2人は、もう反対はしなかった。

 これは、宿命と呼ばれるものなのかもしれないとバルバトラスは考え直す。


「ま、兄ちゃんが行きたいところに、俺も行くよ」


 バルバトラスは陽気に口笛を鳴らす。


「わたしもさ、主。どこまでもついていくよ」


 イルマはレオンシュタインと腕を組み、笑顔満面で答える。

 ヤスミンが妨害しようとしたが、イルマに軽くあしらわれる。

 ティアナも笑顔でその様子を眺めていたが、少しずつ、空中に放電が始まる。

 レオンシュタインはそれを避けようとするが、イルマは腕をぎゅっと掴んで離さない。


「主」


 その瞬間、久々に放電が飛び交い、雷光がレオンシュタインとイルマを直撃する。

 見慣れた光景が繰り広げられていた。


 馬車はコムニッツの首都アルテンドルフを目指していたけれども、少しでも早く王都へ行くために、進路を変更する。

 師匠にお金を借りる必要もなくなり、かつフリッツたちの懸念も考慮しなくてはならない。

 すぐに国境へ向かうルートに変更する。


 小さな街で

全員分の防寒具を購入し、ひたすら先を急ぐ。

 宿は温泉などがついていない普通の宿となったが、全員に不満は無い。

 温泉宿を立って2週間が過ぎ、ついに王都への入り口が、目の前に見えてきたのだった。

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