第72話 シャルロッティと3人の少女

 王国歴162年11月3日 午後3時頃 レーエンスベルク領中心街 下町にて―


「いらっしゃいませ」


 街の中でも一際大きな店に入る。

 薔薇の香りが漂い、気持ちが自然に浮き立つのをティアナは感じた。

 店の中には数多くのドレスが置いてあり、華やかな陳列がされている。

 それを見たティアナやイルマは気分が盛り上がっていた。

 ヤスミンはといえば、大きなあくびをしながら退屈そうに服を眺めていた。

 

 レオンシュタインは店員に辺境伯次男のパーティーに招待されている旨を答えると、すぐに奥の部屋に通される。

 そこには、色も白だけではなく、薄桃色や山吹色など、一際豪華なドレスが所狭しと置かれていた。


「こちらは、どうでしょうか? 今年の流行の作りになっております」


 値段を確かめると、小金貨3枚と答えてくる。

 もっと安いものがないか尋ねると、店員は明らかにレオンシュタインを値踏みした感じになり、対応もややぞんざいになった。

 レンタルなどはなく、当然買い上げるのが当たり前だった。


 結局、手の届きそうなものはなく、熱心に売り込みもされなかった。

 買い物をせず店を出る際の見送りは、そっけないものだった。


「お金がなければ、冷たいものですね」


 フリッツは、レオンシュタインを励ますように声を掛ける。

 レオンシュタインもやや疲れたように頷く。

 ドレスを扱っている残りの2つの店でも同様の対応を受けた。

 結局、お金がなければ何も始まらなかった。


 最後の店を出るときには、全員が疲労感に包まれていた。

 すると、物陰から一人の女性が声を掛けてくる。


「もしかして、格安のドレスに興味がおありですか?」


 女性はオレンジの髪で癖っ毛が目立ち、頬にはそばかすをつけているのが特徴的だ。

 顔は裸足で草原を走り出してしまいそうな元気さに溢れている。

 20前後のとても可愛らしい女性だった。

 レオンシュタインがなぜ格安に興味があるのが分かったのか尋ねると、高級店から出てくる人たちで自分の顧客になってくれそうな人に声を掛けているとのことだった。


「どんな人が、顧客になりそうなのかな?」


「お金がなさそうな人です」


 はっきりと述べる女性に苦笑するしかないレオンシュタインだった。


「あっ、でもそれだけじゃないですよ。いい人かどうかも見ます」


 さりげなくフォローを入れるところに気遣いを感じる。

 とりあえず害はなさそうだと判断したレオンシュタインは、女性の店に行ってみることにした。

 その店は高級店が並ぶ通りからは、かなり離れたいわゆる下町にあった。

 なかなか貴族達は足を運ばないに違いない。


「ここです」


 煉瓦造りの小さなお店は、先ほどの店の華やかさとは対照的な佇まいだった。

 煉瓦もかなりすすけており、所々が欠けているのが分かる。

 周囲には下水の匂いが漂っており、それが店をいっそう見すぼらしいものに見せていた。

 ただ、レオンシュタインは別に気にする様子もなく、むしろ楽しそうに店内に入る。


「ま、誰もおらんのやけど」


 接客モードになりながら、店内を案内し始める。

 整頓された店内は、お客が服を手に取りやすい作りになっていた。

 置いてあるのは、ほとんどが日常で使う服ばかりだったが、どれも着る人のことを考えた機能性の高い作りになっていた。


「あ、挨拶が遅れました。わたしはシャルロッティといいます。シャルって呼んでもろてええですよ」


 シャルロッティはざっくばらんに挨拶をし、レオンシュタインたちも気さくに挨拶を返す。

 挨拶が終わると、シャルロッティはみんなを奥の部屋に案内する。


「さあ、こちらが私の自慢のドレスですわあ」


 全部で5着、どれも独創性に溢れた素敵なドレスばかりだった。

 シルクは所々にしか使っていないと卑下していたが、色使い、デザインともにティアナやイルマを虜にしてしまうほど綺麗だった。


「ねえ、これって試着できるの?」


「勿論です」


 気に入ったドレスを試着しに2人はフィッティングルームに急ぐ。

 シャルロッティが着付けを手伝いに行くと、ぽつんとヤスミンが残された。

 レオンシュタインはヤスミンのこれまで生活を考えると、ドレスに興味がないのも無理はないと考える。

 でも、普通の生活を楽しんでもらいたいし、オシャレもして欲しい。

 そう思ったレオンシュタインはヤスミンに話しかける。


「ヤスミン。ヤスミンにはこういった緑のドレスが似合うと思う」


 興味がなさそうなヤスミンだったが、そう言われるとまんざらでもない。

 レオンシュタインはさらに話しかける。


「ヤスミンがこのドレスを着たところ、見てみたいなあ」


「そうか。見たいのか」


 そう言うと、ヤスミンはドレスを掴み、二人の後を追っていった。

 レオンシュタインはニコニコしながらそれを眺める。

 フリッツは、


「よい店に出会えましたね」


 とレオンシュタインの運の良さを褒める。

 バルバトラスは全く興味が無い様子だったが、シャルロッティのバイタリティには舌を巻いたようだった。


「あんな若い子が、自分の夢に向かって勇気を出す姿を見ると、儂はたまらんのう」


「そうですね……」


 そうして15分ほど、男性陣があまり華やかでない話をしていると、3人がフィッティングルームから登場した。

 男性陣からは感嘆の声が漏れる。

 シャルロッティは額に汗を光らせながら感想を述べる。


「いやあ、自慢のドレスなんやけど、着ている人の華やかさに負けそうですわあ」


 ティアナは純白のドレス、イルマは薄いブルー、ヤスミンは薄いグリーンのドレスを身に纏っていた。

 イルマはそのドレスによってお淑やかな雰囲気を醸し出していたし、ヤスミンは可憐な美少女といった雰囲気を感じさせている。

 どちらも雰囲気にぴったりのドレスだった。


 ティアナのドレス姿は二人を凌駕していた。

 しかも、ちゃっかり解呪して素顔と合わせている辺り、ティアナも年頃の女の子でなのであった。

 純白のドレスに負けない清らかな顔立ちと雰囲気は周囲を圧倒していた。


「こちらのお嬢さんは、今までに見たこともないくらい美人さんですわあ。ドレスが負けてますな」


 男性陣が口を開けたままでいるのを見て、シャルロッティはくすっと笑う。

 そしてレオンシュタインに向かって、


「さあ、旦那はん。3人に声をかけてあげてくださいな」


 と、片目をつぶりながら催促する。

 レオンシュタインは、まずヤスミンに向かって、


「ヤスミン、緑がすごく似合ってる。前からずっと思ってたけど、ヤスミンって本当に可愛いね。可憐な美少女なんだね」


 と、直球を投げつける。


「そ、そう?」


 そんな直球に免疫のないヤスミンは思わず下を向き、耳まで真っ赤になってしまう。


 レオンシュタインはイルマの方に身体を向けると、笑顔で感想を述べる。


「前からイルマさんには青が似合うって思ってました。スタイルも抜群に美しいです。月の女神って雰囲気を感じさせます。綺麗ですね」


 まさかそんな正直な感想がくると思っていなかったイルマは、いつもの軽口が出てこない。

 笑って誤魔化そうとするが上手く笑えず、逆に少し涙ぐむ。

 それは、うれしさと愛しさの涙だった。


(この旦那はん。小太りのさえない感じに見えるのに、美少女たちの心をがっちり掴んではる……。あなどれんわあ)


 その様子を見ながら、シャルロッティは人物観察を進めていくのだった。


「ティア。すごくよく似合ってる」


「でしょう。まあ、私のために作られたドレスって感じよね」


 さすがにティアナは、レオンシュタインの直球を打ち返すくらい余裕があった。

 ところが、


「ティアって、こんなに綺麗だったんだなあ。いつものティアも可愛いけど、ドレスを着ると、儚げで守ってあげたくなる感じだね。ずっと側にいてほしいって思う」


 はい、来ました、剛速球が。

 ティアナは軽く返そうにも、ずっと側にいてほしいという言葉にひっかかってしまう。


「あ、そ、そ、そ、そう?」


 結局、ティアナも真っ赤になり、窓を開けて顔を冷やす有様だった。


(恐ろしい……恐ろしいわあ。この旦那はん)


 レオンシュタインはただニコニコ笑っているだけなのだが、シャルロッティも何だか、引き込まれてしまうような錯覚に陥る。

 その気持ちを振り切ろうと、3人をまたフィッティングルームに誘い、着替えを素早く済ませることにした。


「で、お買い上げですか? それともレンタル?」


「レンタルでお願いします」


 3着合わせて銀貨7枚という値段が出される。

 確かに安いが、レオンシュタインたちには辛い。


「銀貨5枚!」


「旦那はん、それではうちが干上がってしまいますわあ。銀貨6枚と大銅貨5枚」


 そうして値切って値切って、ついに銀貨5枚と大銅貨2枚になった。


「旦那はんには、かないませんわ」


 レオンシュタインは気が変わらないうちに支払いを済ませる。

 シャルロッティは一つだけ気をつけることをレオンシュタインに告げる。


「ドレスの直しは、明日の午後にはできますわあ。ま、明後日使うなら明後日の午後にいらしてください。それと、大事なことが一つあります。それは、ドレスを汚した場合は、追加の料金をいただくということになりますわ。イルマさんとヤスミンさんのドレスは、銀貨10枚、ティアナさんのドレスは銀貨30枚となります」


 絶対に汚すことは許されない。

 レオンシュタインはそのことを肝に銘じた。


「これからもご贔屓に!」


 どうやらドレスを調達でき、これでピアノが弾けると心が弾むレオンシュタインだった。

 3人の女性陣は、まさか、そのことしか考えていないとは思いもしていないのだった。


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