第4章 馬車のおじさまと3人目の仲間(褐色に特別の思い入れがあるんですか?)

第55話 快適な馬車

 王国歴162年10月13日 8時頃 リンベルクの市街にて―――


 宿を出発した後、レオンシュタイン一行は乗合馬車が集まる場所を目指していた。

 街に1ヶ月も滞在していれば、どこに何があるのかだいたい分かるようになっていた。

 それだけ、この街に馴染んだということだろう。


 街の外れに近づくにつれて馬の匂いがどんどん強くなり、やがて数多くの馬車が並んでいる広場に着く。 

 馬車は全部で20台を数えることができた。

 たくさんの御者が馬の側に立っていて、目的の相手が探せるかどうかレオンシュタインは少し不安になる。


「喪男サイン、出しとけって言っといた。名前はフリッツ。すぐ分かるよ」


 ケスナーのヒントはこれだけのため、御者を見つけるのに苦労しそうだった。

 ところが、広場の中央から離れたところに、馬の前で親指を立てている身長180cmほどの怪しい男が立っていた。

 まさか、あのヒントが役に立つとは思わなかった。

 レオンシュタインが近づいていき、


「喪!」


 とサインを出すと、


「喪!」

 

 と返してきた。

 フリッツで、どうやら間違いない。

 笑顔を絶やさない温和な顔つきで、年齢は30台の後半くらいに見え、グレーの短髪と髭が綺麗にセットされている。

 レオンシュタインは全身から清潔さを感じ、誠実そうな人柄をとても好ましく思った。


「あなたがレオンシュタインさんですか。私はフリッツといいます。貸し切り馬車が必要だそうですね」


「はい、とりあえずコムニッツ領のエイムハウゼンまでお願いしたいです」


 それを聞くと、フリッツは馬の横に置いてある木箱に座り、今までの経験から到着までの期間を算出する。

 エイムハウゼンはここから馬車で5日はかかること、1日あたり銀貨2枚で乗せることを提案してきた。

 ケスナーからの紹介であるため、格安で行くことを決めたらしい。


 レオンシュタインはその安さに驚きを隠せない。

 宿代を考慮すると、御者代は、ほとんどないに等しい。

 フリッツは、自分が独身でしばらく仕事がないのでこの見積もりになったと説明した。

 こんな好条件はめったにないとレオンシュタインたちは、馬車を出してもらうことを即決した。


「ただ、女性が二人もいることを考えると、護衛が必要だと思いますねえ」


 フリッツは自分の戦闘力は皆無であること話し、護衛の必要性を提案した。

 レオンシュタインは、一人は近接戦闘に長けており、もう一人は魔法に長けているため、護衛は無用と説明した。


「それは安心ですね。では、私も買い物に行ってきます。1時間後に出発しましょう」


 そう言うと、大きなリュックを背負い、食料や水の調達に出かけて行った。

 フリッツがいなくなると同時に周囲にいた同業者は大声であざけり始める。


「フリッツのボロ馬車を使う奴もいるんだな」


「馬は年寄り、荷台はボロボロ。俺なら金をもらっても嫌だね」


「まあ、安さだけが取り柄だからな」


 それを聞き、レオンシュタインはフリッツの馬車の周りをぐるぐると歩き、詳しく眺める。

 確かに馬は年を取っているが、素直そうで精悍だ。

 荷台は古さを感じさせるものの、自分で何度も手直しをして、安全なことがよくわかる。

 安心して買い物に出かけるレオンシュタイン一行だった。


 1時間後にレオンシュタインたちが帰って来る頃、フリッツは馬車の点検に取り掛かっていた。


「おかえりなさい。いい食べ物が手に入りましたか?」


 馬車の下からフリッツは声をかける。

 十分購入したことを話すと、フリッツは下から這い出し、荷物を受け取ると荷台に積み込み始めた。

 レオンシュタインたちが荷台の中を見ると、藁が敷き詰められており、その上に白いシーツが乗せられていた。


「フリッツさん、その藁は?」


 レオンシュタインが尋ねると、クッションと寝床に使うとの答えが帰ってきた。


「馬車って揺れるじゃないですか。それを少しでも防ぎたくて。古くなったら、馬の餌にもなりますし」


 人柄がよくわかる答えだった。

 荷台の下を覗いていたイルマは、車輪と御者台の下にCの字のような形の鉄がいくつか、はめ込まれていることに気づく。


「ねえ、フリッツさん。あの鉄の装置は何?」


 フリッツは良くぞ聞いてくれたとばかりに説明する。


「ハラルドさん考案の荷台クッション装置です。揺れが少なくなるんですよ」


 馬車の揺れに閉口しているレオンシュタインは、それを聞いて乗るのが楽しみになってきた。


「さあ、乗ってください。出発しますよ」


 3人を荷台に乗せると、フリッツは静かに馬車をスタートさせた。

 見慣れたリンベルクの街の中をゆっくりと馬車は進んでいく。

 市場も魔法院もいつも通りの佇まいを見せている。


 ソーセージの焼ける匂いや揚げたポテトの匂いが漂ってくる。

 物売りの威勢のいい声もいつも通りだった。

 その風景を眺めながら、レオンシュタインは馬車の揺れが少ないことに感嘆の声をあげる。


 流石、ハラルドの発明である。

 3人はフリッツに快適である旨を笑顔で伝えると、フリッツは頷き、さらに馬車を進ませていった。


 リンベルクの門を通り抜け、どこまでも平らな道をゆっくりと馬車は進んでいく。

 道の両側には緑と黄色が美しい丘がどこまでも続いている。

 荷台はハラルドの装置と藁のクッションのおかげで快適そのものだ。


「さすがケスナーさんの推薦ですね」


 ふかふかのクッションに顔をつけながら、ティアナは笑顔で話す。

 太陽の匂いがするシーツに座って進めるなんて、今までの旅の苦労が嘘のようだ。


「やっぱり人との繋がりは大事です」


 ティアナの言葉にレオンシュタインはうんうんと同意する。

 馬車はゆっくりと街道を北上する。

 フリッツは決して無理をしなかった。

 1時間に1回は馬を休ませ、そしてゆっくりとご飯を食べさせていた。


「4人も乗せてますからね。馬だって疲れますよ」


 そう言いながら人参や藁を食べさせ、たっぷりと水を飲ませるのだった。

 フリッツの馬はいななきもしなければ、カツカツと地面を蹴ったりもしなかった。

 フリッツが近づくと、顔を近づけ甘え、のんびりと食事をするのだった。


 何度も休憩をとりながら、一行は1日目の宿泊場所に到着する。

 と言っても、馬だけが宿屋の厩舎に泊まり、荷台は宿営地に置いたままだ。

 荷台にはティアナとイルマが寝て、その近くでフリッツとレオンシュタインが交代で休む形になった。

 ただ、イルマは時々起きてきて、レオンシュタインと見張りを交代していた。


 このようにしてレオンシュタイン一行はゆっくりと目的地に向かって進んでいった。

 その間、レオンシュタインはフリッツと、とても仲良くなった。

 フリッツは職業柄、様々な土地の面白い話を山ほど知っていた。

 その話を聞くだけで、レオンシュタインはその場所を旅行をしているような気分になる。

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