第4話 いきなり石が飛んできた!

 王国歴162年8月末 シュトランド首都クロートローテン 城門付近――


 レオンシュタインが城門を出ると、馬車で見るのとは違った風景が広がっていた。

 石畳がこんなに紺碧なこと、家の壁をピンクや緑色に塗ることを初めて知った。

 自分と異なる髪の色や服装が珍しく、あちこちに視線を移しながら大通りを歩いていく。


 5歳くらいの3人の子供が、甲高い歓声を上げながら道を走り回っている。

 横の路地には、10歳さいくらいの女の子がチョークで大きな馬をかいている。

 その横で少し年上の男の子たちがクッキーを手に持ち、食べながらチョーク作品の品評をしている。


 ティアナが平然と歩く中、レオンシュタインは立ち止まらずにはいられない。

 街の日常生活を肉眼で見るのは、この上もなく楽しかった。

 レオンシュタインの様子を見ながら、ティアナは小さく含み笑いをする。


「あとはどっちに進むかだね」


 レオンシュタインは近くにある公園に入り、木のベンチを見つけて座る。

 ベンチの横には大きく枝を広げた木があり、人々に涼を提供していた。

 ティアナはレオンシュタインの横にちょこんと座り、これからの方針を確認する。


「南下して、2つの街道が交わるピルネの街に行こうかと」


「そっか。で、今日はそこに泊まるの?」


「うん」


 ティアナはベンチから立ち上がり、近くにいたお爺さんにピルネの方向を確認しにいく。

 けれども、お爺さんはティアナの仮面を胡散臭そうに眺めると、そそくさとその場を立ち去ってしまった。

 ティアナはレオンシュタインの方に振り返る。


「やっぱり黒い仮面の女って怪しいよね」


 元気な声を出しているが、やはり悲しいのだろう。

 レオンシュタインは気にしないと励まし、代わりに近くにいる人を探す。

 けれども、子どもたちが遊んでいる他に、大人の姿を探すことはできなかった。


「あ、変な服を着たデブがいるぞ!」


「こっちには黒仮面の女だ! きっと魔女だぞ!」


「やっつけろ!」


 5、6人の子どもたちに石を投げつけられ、2人の肩や脚にバチバチと当たる。

 頭に当たらないようにしながら、2人は公園から走って逃げる。

 公園から離れると、子どもたちは、追いかけるのを止めて戻っていった。


 レオンシュタインは肩で息をしながら、呼吸を整える。

 ティアナはレオンシュタインに怪我がないか、それだけを心配して上から下までくまなくチェックする。

 2人とも怪我はなかったが、口数は少なくなってしまった。


 公園から離れると二人は服屋を探しながら街を歩く。

 レオンシュタインの服は、どう見ても貴族のため異様に目立つのだ。


 また石を投げつけられたら堪らない。

 ティアナは焦りながら服屋を探し、やがて大通りから少し路地に入ったところに、小さな古着屋を見つける。

 安堵のため息をつきながらレオンシュタインに報告する。


「レオン様、あそこに服屋があります。服を替えましょう」


 店の前まで来ると、ティアナは弾んだ声でレオンシュタインを中へ誘う。

 中に入った瞬間、埃っぽいような、少し脂っぽいような匂いを感じる。

 服はたくさんあるけれども、どれもこれも新品には見えない。


「ねえティア。ここにある服は少しぼけているような気がする」


 相変わらず、周囲に聞こえるような大きな声でレオンシュタインは話してくる。

 ティアナはあわてて(声を小さく)というゼスチャーを示し、店の人に聞こえない声で常識を教える。


「レオン様。服は古着が当たり前です。服を仕立てるのは貴族や商人だけですよ」


「驚いたな」


 レオンシュタインは盛んに首を左右に動かす。

 ティアナはすぐにレオンシュタインの服を選び始めた。

 店内は薄暗かったが、きちんと整頓されていて品物は見やすい。

 店の中を隅々まで見たティアナは、かなりゆったりした黄白色の服をレオンシュタインの前に持ってきた。


「これなんてどうですか? 着やすそうです」


 綺麗な服で値段も手頃だった。

 それに、レオンシュタインはティアナの気遣いがうれしかった。

 レオンシュタインは100kgを超える巨漢のため、普通の服では身体に合わないのだ。


「また身長が伸びたんじゃない?」


 服を着せながらティアナは、いつの間にという驚きを込めた声で尋ねる。


「今は180cmくらいかな」


「私とそんなに変わんなかったのに。私は165cmくらいだったかな」


 お店の人が鏡をレオンシュタインの前に持ってきたので、それを眺める。


「ティア! これだと大丈夫かな?」


「ええ、石はぶつけられないと思います」


 この服を購入し、店の中ですぐに着替える。

 レオンシュタインはさっきまで着ていた服の袖に、宝石が2つ付いていることに気付き、ティアナに耳打ちする。


「売れば路銀の足しになりますね」


 服を着替えたレオンシュタインは、どこからどう見ても一般の人で、ティアナは、たまらず吹き出してしまう。


「とってもお似合いですよ」


「どういう意味?」


 店から出た瞬間、レオンシュタインはいつもとは違った風を感じた気がした。

 青空の中の太陽がやけにまぶしかった。

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