第2話 兄からの贈りもの

 レオンシュタインが顔を上げると、目の前に金髪の新シュトラント伯爵マヌエルが笑顔で立っていた。

 長男マヌエルは27歳とレオンシュタインとは9歳も年が離れている。

 レオンシュタインは、その笑顔が何よりも苦手だった。


「レオン。私からはバイオリンを贈ろう。いっそう腕を磨けよ」


(えっ。それだけ?)

 

 召使いの女が、隣室から黒いバイオリンケースを運んでくる。

 ケースは破れた跡が目立ち、もの悲しさを漂わせていた。

 侮蔑を隠そうとしない顔つきの召使いを見て、レオンシュタインは気持ちが沈んでいく。

 受け取った瞬間、安っぽい革の匂いが漂う。

 

「レオン、お前が無事に帰ってきた暁には領地を与えよう」


(帰ってきたら……か。思ったより悪くない、うん、悪くないぞ!)


 レオンシュタインは自分に言い聞かせる。


 続いて次男マインラートのプレゼントだ。

 マインラートは24歳でレオンシュタインとは6歳違いなのだが、仲良く遊んだことがない。

 灰色の髪の陰に奥にブルーの瞳が光り、口元を歪めている表情に性悪な性格がにじみ出ていた。


「旅には従者が必要だ。誰か一緒に行く者はないか?」


 みんな横を向き、声を上げる者がいない。


「誰もいないのか? では、レオンよ。ティアナを連れていくがいい」


 大広間の隅に立っている黒い仮面にみんなの視線が集まる。

 故大魔道士アーベルの一人娘と噂されているティアナは17歳。

 レオンシュタイン付きのメイドとして城で働いている。

 

 常に黒い仮面を被っているため、その容貌ようぼうを誰も見たことがない。

 呪われた子と城内の人々から忌避されていた。


 大きくなったら母親似の美女になると次男マインラートは期待していたのだが、何を試しても仮面が外れない。

 業を煮やしたマインラートは、取り巻きを使ってティアナを虐めるのだった。


「兄上。ティアナに旅の苦労を、させたくありません」


「何を言う、レオンシュタイン。いざとなったら結婚すればいい。似合いの夫婦ぞ」


 周囲に力のない笑いが広がっていく。

 全くモテないレオンシュタインと全く人気のないティアナの2人組。

 その瞬間、大広間に大きく美しい声が響き渡る。


「寛大なご提案、ありがとうございます。マインラート様。私はレオンシュタイン様についていこうと思います」


 優しさを含んだ元気な声は、陰鬱な城の中を明るく照らすかのようだった。


「レオンシュタイン様、お認めいただけるでしょうか?」


 ティアナはレオンシュタインの方を振り向き、手を胸の前で組んでいた。

 ティアナの不安を見て取ったレオンシュタインは、安心させようと大きく頷く。


「感謝します。レオンシュタイン様」


 ほっとしたような嬉しそうな明るい声が響き渡る。

 それを見ていたマインラートは忌々しそうに顔をゆがめ、宣言する。


「みなさん。似合いのカップルが誕生したようです。祝福の拍手を!」


 乾いた拍手が響く中、城から出て行くという現実をレオンシュタインは、まだ受け入れきれないでいた。


 乾いた拍手を背に、レオンシュタインは自分の部屋へと急ぐ。

 薄暗い石壁がひんやりとした冷気を伝え、足音が廊下に響かなければ、夢の中にいるような気がする。

 ここまで自分の人生が大きく変わるとは、昨日までのレオンシュタインには想像もつかなかった。


 今日と同じ明日がやってくると思っていたのに、明日の朝には城を出て行かなければならない。

 何気ない日常が急に終わりを告げてしまった。


 そんな物思いに耽るレオンシュタインの後ろを、ティアナがバイオリンを持ちながらついてくる。

 その姿と足音だけが、これは現実だと自覚させてくれるのだった。

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