第2話 兄からの贈りもの

 レオンシュタインが顔を上げると、目の前に金髪の新シュトラント伯爵マヌエルが笑顔で立っていた。

 長男マヌエルとは9歳も年が離れている。

 レオンシュタインは、その笑顔が何よりも苦手だった。


「レオン。私はバイオリンを贈ろう。いっそう腕を磨けよ」


(えっ。それだけ?)

 

 召使いの女が隣室から黒いバイオリンケースを運んでくる。

 ケースは破れた跡が目立ち、寂しさを漂わせていた。

 侮蔑を隠そうとしない顔つきの召使いからケースを受け取った瞬間、安っぽい革の匂いが漂ってきた。

 それがレオンシュタインの気持ちを一層沈ませていく。

 

「レオン、お前が無事に帰ってきた暁には領地を与えよう」


(帰ってきたら……か。思ったより悪くないか)


 自分に言い聞かせるように心の中で話すレオンシュタインだった。


 続いて次男マインラートの前に移動する。

 マインラートは24歳でレオンシュタインとは6歳違いなのだが、仲良く遊んだ思い出が一度もない。

 灰色の髪の陰に奥にブルーの瞳が光り口元を歪めている表情に、性悪な性格がにじみ出ていた。


「旅には従者が必要だ。誰か一緒に行く者はおらぬか?」


 みんな一斉に横を向き、大広間にしんとした静寂が広がっていく。


「誰もいないのか? では、レオン。ティアナを連れていくがいい」


 大広間の隅に立っている黒い仮面の少女に視線が集まる。

 故大魔道士アーベルの一人娘と噂されているティアナは今年17歳で、レオンシュタイン付きのメイドとして働いている。

 

 常に黒い仮面を被っているため、その容貌ようぼうを誰も見た者がいない。

 可愛げのない仮面のため、呪われた子と城内の人々から忌避されていた。


 大きくなれば母親似の美女になると次男マインラートは期待していたのだが、何を試してみても仮面が外れなかった。

 業を煮やしたマインラートは、失望の腹いせに取り巻きを使ってティアナを虐めるのだった。


「兄上。ティアナに旅の苦労をさせたくありません。私だけで行って参ります」


「何を言う、レオン。いざとなれば結婚すればよい。似合いの夫婦ぞ」


 全くモテないレオンシュタインと全く人気のないティアナの2人組をあざ笑うかのように、力のない笑いが大広間に広がっていく。


 それを打ち消すように、大きく美しい声が響き渡る。


「寛大なご提案、ありがとうございます。マインラート様。私はレオンシュタイン様とともに行こうと思います」


 優しさを含んだ元気な声は、陰鬱な城の中を明るく照らすかのようだ。


「レオンシュタイン様、お認めいただけるでしょうか?」


 レオンシュタインの方を振り向き、ティアナは手を胸の前で組む。

 ティアナの不安を見て取ったレオンシュタインは、安心させようと大きく頷く。


「感謝します。レオンシュタイン様」


 その様子を見ていたマインラートは忌々しそうに顔をゆがめ、宣言する。


「みなさん。似合いのカップルが誕生したようですぞ。祝福の拍手を!」


 乾いた拍手が響く中、城から出て行く現実をレオンシュタインは人ごとのように受けとめていた。


 乾いた拍手に追い出されるように、レオンシュタインは自分の部屋へと歩いて行く。

 薄暗い石壁がひんやりとした冷気を伝え、無機質な足音が廊下に響く。

 ここまで自分の人生が大きく変わるとは、昨日までのレオンシュタインには想像もつかなかった。


 明日も今日と同じような日がやってくると思っていたのに、明日の朝には城を出て行かなければならない。

 何気ない日常が急に終わりを告げてしまった。


 そんな物思いに耽るレオンシュタインの後ろを、ティアナがバイオリンを持ちながら歩いてくる。

 その姿と足音だけが、これが現実だと自覚させてくれるのだった。

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