あのまばたきの意味

十余一

三秒で切り替わる日常/非日常

 まばたきをする度に世界が変わる。

 何の変哲もない日常に、非日常が重なる。例えば見通しの悪い丁字路に佇む半透明の子ども、傘立てに混ざる下駄をはいた素足、その辺をふよふよと漂っている意思のある綿毛、何故か真に迫る勢いで小豆を洗い続けているおっさん、うごめく何かのかたまり。まばたきをする度に、そういうものが見えたり見えなくなったりする。


「はよォ~」

「おはよ。眠そうだね」

「英コミュの課題終わらなくてさァ。あの量エグくね?」


 あくびをしながら挨拶してきたのはクラスメイトの犬上君。僕がまばたきをすると、眠そうに擦る目元に黒い模様が浮かび上がった。頭にはもふもふの耳。もう一度まばたきをするとただの人間に戻る。たぶん、化け狸なんだろう。

 それでも交友関係に支障はない。いつも通り他愛もない話をしながら学校へ向かう。木陰で集会している猫たちの中に、尻尾の裂けた三毛猫が混ざっていた。


「二宮さん、今日も可愛いなァ~」


 校門に差し掛かったあたりで犬上君が意中の人を見つけた。友人と楽しげに話す二宮さんは綺麗な黒髪を風になびかせていたが、まばたきをすると、そこに大きな口が開く。隣を歩く江頭さんの首は、胴体から数センチほど浮いていた。


「納涼祭、誘ったら来てくれっかなァ」

「和太鼓部が演奏するんだっけ」

「おお。それでさァ、演奏するオレを見て『キャー! 犬上くん、恰好良い!』ってなるはず」

「なると、いいね……?」

「不思議そうな顔するのやめてェ」

 それからはまた、教室まで他愛もない雑談。今日は暑いのに体育があるからしんどいとか、犬上君は肉うどん派だからキツネそば派の飯綱君と喧嘩したとか。


 まばたきをする度に世界が変わって、クラスメイトにもふもふの耳や鋭い角が生える。後頭部にある口が開く。首と胴が離れる。骨だけになる。ヅラだと噂されていた先生の頭には皿が乗っている。教卓の上を目玉のついた何かが転がる。空中を変な形の虫や魚が泳ぐ。今日も今日とてサブリミナル妖怪、サブコンシャス怪異。


 まだ幼かったあの日、限界までまばたきをしなかったらどうなるんだろうという疑問から、指で押さえて目を開き続けたことがある。馬鹿だったんだと思う。限界まで耐えて、痛みにのたうち回り、次に目を開いたらこの有様だ。

 でも得体の知れない何かに怖がっていたのは最初だけで、案外すぐに慣れた。今となっては幼い自分の馬鹿さ加減を称えたい。この目に映る世界は意外と愉快だ。



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