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いまだWは顔も姿勢も変えずにいる。淡々とした声で話し聞かせてくるのだが、ところどころに感情の色を見せていた。しかしそれは、怒りや恥ずかしみといったものではなくどこか恍惚とした、語りながらも浸るような語り口であった。
この時点で、私はもうWが≪カルメン≫にぞっこんであるということに疑いがなくなっていた。彼は、本当に≪カルメン≫という女に人生を狂わされてしまったのだ。
「僕はですね。もう彼女に会わないということを前提に考えていたんですよ。犯人は火事場に現れるなんて言いますが、ひったくり犯が被害者のもとへ向かうなんて話はないわけじゃないですか。だから、同じ大学にいながら、≪カルメン≫は僕を避けていくのだろうと考えていたのです。もう、この時すでに僕は彼女に惚れ込んでいましたから、これは一種の失恋であり、よい経験ができたと、割り切ることができました。でも、やはり辛かったのです。もう、人生に絶望していたのですよ。これからの人生は実につまらないものになるぞと、がっかりしていたのです。この日のような刺激的な夜はないだろう。これ以上はないという考えは希望でもありましたよ。こんなにつらい経験をしたのなら今後どんなことで耐えられますからね。しかし、やはり人生はつまらないだろうという絶望でもあったわけですよ」
私はこの言葉に深々と頷いてしまった。私も彼と同じであり、ちょうど二十歳の頃は、人生について考え続けていたものであった。一つのミスで人生のすべてが終わってしまうような錯覚に陥りやすい時期なのだ。
なんにせ、この四年間が終わればいよいよ逃げ場はなくなり社会に出ないといけないのだ。一度社会に出れば、仕事に追われて気が付けば老いてしまい、あとは死ぬのを待つだけだと考えてしまう。故に、この四年間の過ごし方ひとつで今後の人生のすべてが決まると考えてしまうものだ。
私は、ここで一つ説教でも聞かせてやろうという気になったが、すぐにこれが序章に過ぎないことに気づいたのだった。もし、この時期の彼の前に私がいたなら。ふとそう考えてみたが。それはまた、彼が≪カルメン≫の誘いに乗らなかったらという後悔と同じように、今となっての妄想でしかないのだ。
そのように私がソワソワと、身をよじっている間にWはまた話の続きを語り始めた。
愛しのカルメン 岩咲ゼゼ @sinsibou-r
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