第189話 乃亜の提案

 街がクリスマスに染まっていくのを感じる。立ち寄るコンビニや、見慣れた街並みが明るい飾りを纏っていく。十二月に入る直前は、こんなにも街が鮮やかに彩られていくものなのか、と驚きを覚える。

 例年、この時期は年内のノルマを達成するために必死こいて働いていたから、こんなふうに街を観察する余裕なんてなかった。だから街の変化が新鮮だった。


「……思えば、遠くまで来たなぁ」


 遠くまで来た。一年前と比べて、相当自分に余裕が持てるようになった。

 余裕が生まれると、色々なことが出来るようになる。そして、生活が激変した。

 仕事を辞めて、エリナと同居するようになった。エリナに恋をして、デートに誘いたいと思うようになった。

 と、思ったのがいいのだけれど、じゃあどこに誘うんだという話になってくる。


「イルミネーションに誘えたらなぁ」


 とは思うのだけど、ふーむ。


「どったの、みーたん」


 私の目の前で、ココアを啜っている乃亜ちゃんが訊いてくる。一応こっちは仕事中の身なのだが、そんなことは御構い無しというような感じだ。


「いや、それがね……この前デートに誘いたい人がいるっていう相談をしたでしょ?」


 うん、と乃亜ちゃんが反応を返してくれる。


「でも相手の子が、イルミネーションはあんまり好きじゃないって」

「あちゃー、そういうパターンかぁ」


 乃亜ちゃんが額を押さえながら天を仰ぐ。


「だからどうしたら良いかなって」

「うわぁ、難しい問題だなぁ……別のデートスポットを探すのが一番なんだろうけど……本心ではどうしたいの?」


 本心。私の本心は至ってシンプルだ。エリナとイルミネーションを見に行きたい。エリナが、イルミネーションの中で輝いている姿を見たい。


「イルミネーションの中にいるその子を見たい。きっと、すごく輝いていると思うから」

「じゃ、決まりだね。なんとかしてその気にさせないと……」

「えっ、いいの? そういうのって、相手の気持ちを考えてーとかそういうような感じで考えるんじゃないの?」

「まぁ、普通はそうなんだけど。とはいえそもそもがデートに誘うのってさ、自分本位な行為なわけだからねぇ」


 と、少しばかり難しい事を乃亜ちゃんは言う。とはいえ言いたいことは十分理解できた。

 デートに誘うのは自分がそうしたいからするんだろう、と。

 確かにそれは真理だ。だけど、だからこそ相手の気持ちを考えなければいけないのだろうと私は思うのだけれど、乃亜ちゃんは違うみたいだ。


「デートってさ……まぁ、一緒に出かけるのもそういうけど、どこかに出かける特別なデートって、基本的に相手との価値観のすり合わせも兼ねてたりするんだよね。だから、自分はこういうのが好きなんだーってアピールするのは大事だと思うよ」

「なるほど……ずいぶんと詳しいのね、デートについて。恋人がいたことがあったりするの?」

「ないよ。あーし、ずーっと片想いしてるから」


 乃亜ちゃんはそう言って、照れくさそうにココアを啜る。その表情には、切なさのような物が混じっていた。

 ずっと片想い。どれだけの時間を費やしてきたのだろう。その相手は誰なんだろう、と疑問が湧き出てくる。


「乃亜ちゃんは、そうやってずっと恋しているのって辛くないの?」

「辛いけど、それもまた人生だし。好きっていう気持ちは抑えられないものだし」


 なんか、達観しているなぁと感じる。私以上に、恋愛観が完成しているような気がした。

 私なんて、エリナにどうやって振り向いてもらおうって、そう考えてばかりいるのに。


「乃亜ちゃんって、本当に高校生?」

「高校生だよぉ。なに、子供っぽいって?」


 むーっと膨れてみせる乃亜ちゃんの仕草は確かに子供っぽい。それはそれで、彼女の愛嬌でがあるのだろうけれど。ただ、


「むしろ逆。恋愛観が大人だなぁって」

「大人かなぁ。大人ってもっと、ドロドロしてない?」

「それは……否定できないわね」


 結局大人の惚れただのなんだのは、性的に見れるかどうかである節があるし。そういう意味では、エリナを性的に見ている私の方が遥かに大人で、遥かに汚いだろう。

 でも、それでも。恋愛に関して乃亜ちゃんは遥かに上手だった。


「でも、乃亜ちゃんみたいに私は考えられないから。乃亜ちゃんは恋愛について深く考えているけど、私は好きだから一緒にいたいぐらいにしか考えられていないから」

「……まぁ、そっちの方が幸せだとは思うよ。私みたいに色々考えると、なんというかな……幸せが逃げていくから」

「……何かあったの?」


 友人として、純粋に乃亜ちゃんのことが心配になった。いつも明るい彼女が、何か思い詰めているように見えたから。


「あー、と。まぁ──そうだ!」


 と乃亜ちゃんは何かを隠している様子を露骨にみせる。これ以上触れないでって言われているような気がした。

 それから、


「今度さ、イルミネーション見に行かない?」


 唐突にそう言ったのだった。


「うぇ?」

「下調べだよ。大体のイルミネーションスポットには、他にもデートスポットがあるわけだし、そっちで釣るっていう作戦。でも、そのためには下調べがいるでしょ?」

「なるほど……で、それがなんで一緒に行くっていう話になるのよ」

「あーしが遊びたいだけ」


 あっけからんと、それを隠しもしない乃亜ちゃんには好感を持てる。まぁ、そういう理由なら手間を掛けさせるわけではないし、


「いいわ。でも、私、そういった場所には詳しくないわよ」

「それはあーしに任せて。一度行ってみたい場所があるんだよね」


 と言って乃亜ちゃんがスマホを弄り出す。ややあって、ちょっと遠くにある遊び場を見せてくれた。


「ここ。ちょっと遠くてさ、あーしの小遣いじゃあちょっとね……相談料で連れてってよ」

「しっかりしてるわね」


 その強かさに苦笑して、


「わかった。お金は私が出すわ。その代わり──デートのレクチャー、よろしくね」


 私はそう言ったのだった。

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