第188話 イルミネーションは……

 冬のデートの定番はイルミネーションだということを知ったはいいけれど、じゃあどこにいくんだという話になる。

 だからスマホで調べたけれど、意外と場所多くて困ってしまった。

 というのがつい先程の出来事だ。なので、わざわざ家に帰ってからもう一度外出するという手間を掛けている。

 今現在、私は自宅最寄りのコンビニに来ていた。


「お、あったあった」


 私が手に取ったのは、有名な旅行雑誌だ。表紙には、「この冬行きたい デートに最適なイルミネーションスポット!」とデカデカと書かれていた。

 今までなんとなく読む機会がなくてスルーしていた。それは、どこかに出かける余裕がなかったからに他ならない。

 しかし、今は違う。それなりに余裕があるから、こういった雑誌を読むぐらいはできる。

 そして何よりも、今まで読まなかったこの雑誌を読む理由がある。それはエリナに楽しんでもらいたいという感情だ。楽しんでもらいたいから、下調べをするために雑誌を買いに来たのだ。


「澪おねーさん、何買うの?」


 お菓子売り場を物色していたエリナちゃんが、私のところにやってくる。コンビニに行くと行ったら、ごく自然についてきた。


「雑誌を、ね。たまにはこういうの読んでみようと思って」

「へぇ……イルミネーション?」


 表紙を見たエリナちゃんが、とりわけ目立つイルミネーションの文言を読み上げる。


「こういうの、好きなの?」


 それから、疑問符を浮かべた表情を見せる。


「好きっていうか、興味を抱いたっていうか……見に行ったことはないんだけどね」

「そうなんだ。どうしてこのタイミングで? テレビ──はうちにはないか。じゃあなんで?」

「その……んー、と」


 まさか、エリナをデートに誘おうとしているなんて、本人相手に言うわけにもいかないし……と少し言葉に詰まる。

 んー、と困っている間に、エリナちゃんが雑誌の表紙をじっくりと見る。


「デートに最適……誰か誘うの?」


 シュン、とエリナが目線を下げる。どうしてそんなにも寂しそうな表情をしているのだろうか、と私は疑問に思う。

 そりゃあ、エリナが誰かをデートに誘おうとしていたら、私だって寂しい気持ちと、切ない気持ちになるだろう。そして何よりも……猛烈な嫉妬を覚えるだろう。

 一体誰が、そんなにエリナの心を掴んでいるのだろうって、見知らぬ相手に嫉妬して気が変になってしまうだろう。

 ……もし仮に、同じ状態だとしたら。それなら嬉しい。嬉しいけれど、つまりそれはエリナが私のことを好きでいてくれるというわけで、そんな奇跡が起こり得るのだろうかと思ってしまうのだ。


「いえ、そういうわけではないわ。ただ……余裕が出てきたから、今までに見たことないものを見たいなーって思った──的な?」

「あぁ、なるほど」


 エリナがホッとして胸を撫で下ろす。

 なにに安堵したのか。それが気になる。まさか、私のことが好きだなんて言い出さないだろうし──わからない。


「ふーん、イルミネーションかぁ」


 エリナが面白くなさそうに鼻を鳴らす。何かが気に入らなかったようだ。


「……イルミネーションは嫌い?」

「嫌いじゃないけど……ああいうところってカップルが多いでしょ? その甘い空気が苦手っていうか、ねぇ」

「でも、海だって甘い雰囲気じゃないの?」

「それはそうなんだけど……でも、海って友達同士とかでもいけるし、澪おねーさんと一緒だったから」


 私と一緒だったから平気だったというのは、すごく嬉しい発言だ。

 だからこそ舞い上がってはいけない、と自分に言い聞かせる。こういった発言を鵜呑みにして、両思いなのかもって勘違いしてはいけないのだ。

 ……そう、舞い上がって勘違いして、冷静さを失ってはいけない。エリナが欲しいからこそ、焦りながらも冷静に行動しなければならない。


「でも、イルミネーションだって友達と一緒に行ったりできるんじゃない?」

「まぁ、そうかもしれないけど。ほら、クリスマス近くのイメージもあるから」


 クリスマス近くのイメージかぁ、と私は考える。その時期のイメージってどんなのだろうか。

 手元にある雑誌に目を落とすと、答えが書いてあった。


「恋人と色々する日ってこと?」

「そういうこと。でも……」


 ごにょごにょとエリナが言葉を濁す。何を言っているのかを追求してもいいのだけれど、多分素直に返事はしてくれないだろう。


「だからイルミネーションはあんまり好きじゃないかな」


 ごにょごにょの間に、彼女の中で何かが完結したのだろう。そうエリナがそう結論づけた。

 イルミネーションは好きじゃないのか……私は内心がっかりする。これ以外のデート先を見つけなくちゃいけないじゃないか、と思ったのだ。

 それはそれで難しい。デート経験値がもう少しあれば──とそう思わずにはいられないのだった。




「んー、イルミネーションが嫌いかぁ」


 湯船に浸かりながら、私はぼやく。

 なんでイルミネーションは嫌いなのか、それは割とはっきりしている。

 恋人たちがいっぱい居るのが苦手だ、というニュアンスのことを言っていた。なら、それを克服できたら多分いける。


「で、どうやるのよ」


 問題はそこなのだ。それならば、いっそ冬のデートスポットを別で探した方がいいかもしれないと、そう思う。

 冬のデートスポット……スキーとか? うん、私の運動神経では転けて大怪我ルートだ。そう思うと選べなかった。

 ため息が出る。


「なんとかして落としたいなぁ」


 ため息と一緒に、欲望も一つ。

 エリナを落としたい。なんとかして振り向いてもらいたい。

 そんな欲望が胸を駆け巡る。

 その欲望は、ずっと続いている欲望だ。

 もし、エリナが私のことを好いてくれているのなら。もし、私が告白したのなら受け入れてくれるのだろうか。

 受け入れてくれたら、一緒にイルミネーションを見てくれるのだろうか。


「エリナちゃん……好き」


 好きだから、一緒に色々なものを見ていきたい。好きだから、一緒に綺麗なものを見ていきたい。


「はぁ……」


 一緒にイルミネーションを見たいな、とか告白するならそのタイミングかなとか、そんな事を思う。

 だけど、無理強いもできないし──と思った。大事な告白だから、彼女が好ましいと思うタイミングで告白したいと、そう思うのだった。

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