第184話 モヤモヤ
どうして、澪おねーさんと一緒に高校に行きたいなんて言葉にしてしまったのか。
なぜ、澪おねーさんを縛るような欲望を、お願いという形で出してしまったのか。
欲望にまみれた自分が嫌になる。
時計の針が、やけにうるさく聞こえた。
時刻は六時。まだ起床するのは微妙に早い時間。私はスマホの画面を見て、ハロウィン当日であることを認識した。
「……起きるかぁ」
ごろり、ベッドの中で寝返り。ごろごろ、ごろごろ。右へごろり、左へごろり。左右にごろごろ。
口では起きると言っても、ごろごろとするのが精一杯。なんか、起きる気力がわかない。
「バカだよね、わたし」
誰にも届かない言葉を呟く。
澪おねーさんと一緒に学校に行きたいって言い出すなんて。
未来は不透明だ。いつ、澪おねーさんに恋人ができるかわからない。そうなった時に、わたしが澪おねーさんから離れなくてはならないのはわかりきった事。
だから、本当はそんなこと言ってはいけない。いずれ別れるのなら、そういうふうに別れが惜しくなってしまう言動は避けるべきなのに。
それなのに、澪おねーさんと一緒にいたいと思ってしまう。叶うのならば、一生一緒に──添い遂げたいとすら思っている。
「……澪おねーさん」
望んではいけないことを望む罪。この罪が赦されるのなら、やはりそれは……。
「おーき、まぁす!」
頭の中を曇らせるモヤモヤを振り払うように、全身に力を入れて起き上がった。
今日はハロウィン当日。平日だけれど、いつもより気合いを入れないといけないだろう。忙しくなりそうだし。
「……ハロウィン当日?」
まだモヤモヤの残る頭で、その事実を反芻する。
ハロウィン当日ということは、澪おねーさんが仮装するわけで。
……心臓が持つかな。
澪おねーさんがハロウィンの仮装をする。どんな仮装をするかはわからないけれど、きっとそれは私を狂わせるのには十分すぎるほどだ。
それを見れると思ったら、元気が出てきた。未来のことはどうあれ、今は澪おねーさんの仮装が楽しみなのだった。
「おはよ──」
「ガルガルぅ!」
わたしたちの朝の挨拶は、いきなり襲いかかってきた人影によって阻まれた。思いもよらない出来事に、わたしは驚いて尻もちをつきかける。
横にいる澪おねーさんに目を向けると、彼女も驚いて身動きが取れないでいた。
「──って、乃亜ちゃん?」
「そうだよー」
そう言って目の前で笑う人物は、見慣れない格好をしていたけれども、紛れもなく乃亜ちゃんだった。
彼女は、赤い頭巾に茶色の狼耳を着けていた。ハロウィンの仮装であることは明白だ。
「どう、似合う?」
赤ずきんに狼という、犬猿の仲を混ぜ合わせたような格好をしている乃亜ちゃんは、なるほど可愛らしい。
彼女は両手で狼の手を表現する。がうがう、とやっているのが愛嬌ある。こういう人がモテるんだろうなぁとか、ぼんやりと思った。
「うん、かわいいよ」
わたしだって、こういう愛嬌のある動作をしようと思えばできる。できるけれど、わたしのそれは打算で構成されたものだ。だから、その可愛さは本物に比べて数段落ちる。
そういう意味で、乃亜ちゃんは本当にすごいと思う。だって、打算抜きで愛嬌のある動きができるのは、天性の才能だと思うから。
「みーたんは? どう思う?」
「えぇ、似合っているわよ……赤ずきんと、狼?」
「そ。なかなかかわいい組み合わせでしょ」
「かわいい、かしら……ちょっとバイオレンスじゃないかしら……」
澪おねーさんは間違いなく困惑している。その困惑は、わたしにまで伝染する。
言われてみれば……赤ずきんが食べられて、その服を狼が着ているようにも見える。
「あっ、もちろん乃亜ちゃんはかわいいわよ」
その言葉に、胸の奥がぞわりとする。
かわいいという言葉を、他の人に向けないで欲しかった。わたしだけに向けて、というおぞましい独占欲が身を焦がす。
「澪おねーさん、いつもと違う服なんだから、そろそろ着替えたほうがいいんじゃない?」
声が硬くならないように、不機嫌に聞こえないように意識しながら、わたしは澪おねーさんにそう言った。それから、
「じゃあ、着替えてくるからね」
乃亜ちゃんにそう言って、澪おねーさんの手を引っ張った。
やはりまだ肉の足りない手だ。澪おねーさんの、骨の触感までしっかりと伝わってくる、儚い手のひら。
でも、それが率直に言ってエロかった。その儚さが、澪おねーさんがどこか官能的に見えてしまう理由なのだろう。
内心でため息をつく。何を考えているんだ、わたしは。
事務所に入り、私はいつものように着替えを始める。机の上には澪おねーさん用の服が用意されていて、店長からのメモ書きが横に置いてあった。
何を着るのか気になる……が、その答え合わせは、澪おねーさんが実際に着た姿を見てからがいい。答えのわからないドキドキがあるのだ。
だから、あえてさささーっと着替えて、事務所から出た。
「澪おねーさんの衣装、着替えたら真っ先に見せてね」
と言いつつ、事務所の入り口前で待機。
どんな服なんだろうとドキドキしながら待つ。
ややあって、澪おねーさんが事務所から出てきた。
その姿にわたしは──思わず見惚れてしまったのだった。
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