第183話 イベントの後の決意
「はー、楽しかった」
イベントが終わり、外がうっすらと肌寒くなってきた夕方。私たちはファミレスの席で、注文した商品が来るのを待っていた。
ドリンクバーのウーロン茶を飲みながら、エリナとスマホやカメラの写真を見る。この時間にコーヒーは避けたかった。
「いろんな人がいたわね」
「そうだね。コスプレって奥が深いんだなって思ったよ」
コスプレイヤーは、さまざまな表現技法を使うことが学べた。ウィッグの切り方や、衣装の作り方。それから、印象の良い化粧の仕方など。
みんな楽しそうだった。そしてエリナも、楽しんでくれたようだ。
不自然だった笑顔は、他の人と比べても違和感がないほど自然なものになっていったし、声も弾んでいったし。
「またいろんな服装したいね」
「そうね。色々見たいわ」
これから冬になる。そうなると、冬服のエリナだって見れるはずだ。それを見るのが楽しみだった。
どんな冬服を着るのだろうか。マフラーにコート。かわいらしいエリナなら、きっとかわいいデザインのコートが似合うだろう。
その先の季節だってある。年月を重ねるごとに、いろんなエリナを見ることができるだろう。
そして、ウェディングドレスを見ることだってできるかもしれない。きっとそれは、綺麗なんだと思う。
ただ、その隣にいるのが私以外なのは絶対に嫌だけど。
「ねぇ、澪おねーさん。今度は澪おねーさんに合わせてお揃いの服が着たいなぁ」
「いいわね。どういうのがいいかしら」
「そうだね──ワンピースとかどうかな。白とか水色の、どうかな」
「いいわね」
とはいえその色が似合っているかどうかはわからないけれど。私にはわからない。自分にはどんな服が似合うのかが全くもってわからない。
「でも、どうしてそういう色に?」
「澪おねーさんって、いろんな表情を見せるよね。最近気に入ってる、儚げな表情をするなら、淡い色が似合うかなって」
「儚げな表情って?」
「時々わたしを見る時にさ、なんかわかんないけど儚げな表情をしてるんだよ。気が付いてないの?」
「えぇ、気がつかなかったわ」
とはいえ心当たりがないわけではない。そういった表情は、恋する者がする表情でもあるからだ。そして私はエリナに恋をしている。
「わたしね、澪おねーさんのいろんな表情を見るのが好き。いろんな姿をしているのを見るのが好き。だから……もっと色々見せてよ」
その言葉に、名残惜しさを感じたのは気のせいだろうか。
「えぇ。そういえば」
私はその名残惜しさを無視して、
「ハロウィン本番の衣装、夕子店長が用意してくれるって。どういうの用意してくれるのか、楽しみね」
「そうだね。どういう衣装なのかな……なんでも澪おねーさんなら似合うよ」
間違いない、とエリナが断言する。なんでそんなに言い切れるのかは不思議だったけど、エリナが言うなら間違いないだろうと思った。
彼女の言葉には、それだけの説得力があった。
「エリナちゃんはキッチンだからいつもの服なのよね」
「残念ながら、ね」
「見たかったなぁ、エリナちゃんのハロウィン衣装」
「それはまた次の機会にね」
次……来年のハロウィンかぁと天井を仰ぐ。まだまだだいぶ先だなぁと感じた。
けど、来年も私はエリナと一緒にいるだろうと思った。きっとそれは、自然の摂理ぐらい当たり前のことだ。
「──ん」
コップが空になった。
「飲み物取ってくるわね」
立ち上がって、コップを手に取ったのだった。
「そういえば澪おねーさん、制服違和感なかったね」
「そうかしら。やっぱり歳は隠せないわよ」
「それでも、だよ。つまり、似合ってたってこと。ねぇ、澪おねーさん」
注文したドリアを食べながら、エリナが話を進める。
「わたしね、高校を受験しようって思う。それで……澪おねーさんと一緒に学校行きたいなって」
ちょっと遠慮がちに、エリナがそう言った。
それが意味するところは、
「私にも受験しろってこと?」
肯定するように、エリナが頷いた。
高校かぁ、と考える。
私は高校に行っていない。まずこれは大前提だ。そしてアラサーである。
とどのつまり、馴染めるかなっていう不安。それと、生活のこともあるし。
でも、それでも。
「いいわ、私もエリナちゃんと高校に行きたいし」
それ以上に、欲望が勝ったのだった。
「やった。でも、本当にいいの?」
「えぇ。どのみち、いずれは高卒を取らなくちゃいけないと思っていたし」
「じゃあ、これからいっぱい勉強しないとね。中学の内容を思い出さないと」
「私は思い出すどころじゃないし。頑張らないと」
さて、次にやるべきことが決まった。
年甲斐もなくワクワクしていた。私がエリナと学校に行こうとするなんて、ちょっと前では考えられなかった。
とはいえ、勉強などろくにしてこなかった私だ。
「仕事の調整をしてもらわないとね」
これからの時間は、勉強に費やすことになるだろう。だが、エリナと一緒の時間が減るなんて思わなかった。
「それと。色々教えてね、乃亜ちゃん」
「上手く教えれるかわかんないけど、うん。がんばるね」
エリナと高校に行くという目標があるのなら、頑張れる。そしてエリナもまた、高校を目指す者。だから、一緒に頑張っていこうとそう思ったのだった。
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