第182話 どっちを信じる?

 公園はそれなりに広く、色々な景色が訪れる者の目を楽しませる。

 アンティークな噴水や、花畑。大きな池や、武家屋敷っぽい建物。

 そんな、場所によって様々な顔を見せる公園には、これまた様々な格好の人が集っている。

 そんな中、ごく普通の制服が二人。私とエリナは、この光景においては浮いている節があった。

 でも、そんなことは気にならなかった。ここでは好きな格好をする事ができるのだから。


「エリナちゃん」


 私は噴水を指差す。大きな噴水で、水が絶えず吹き出し続けている。


「写真撮らない?」

「うん、いいよー」


 エリナが返事をして、噴水手前のベンチに腰掛けた。

 ただそれだけなのに、すごく絵になる。

 噴水の池から跳ねる水飛沫が、色彩に穏やかな変化を浮かべる。

 エリナは微笑みを浮かべ、柔らかく見えるポーズをとっていて、それは噴水や、周りの木々とのハーモニーを奏でていた。

 私はカメラを取り出し、フレームにエリナを収める。


 パシャリ、シャッターを切った。


 エリナは基本的に顔がいい。だから、ただ背景を用意してポーズを取るだけでも、かなり見栄えする絵が作れる。

 というような当たり前のことを再確認し、その光景を残したいと思った。

だから、何枚も何枚の写真を撮ってしまった。


「どうかな、澪おねーさん」

「いいわ、すごくいいわよ」


 写真に映る時の人の笑顔は、基本的にどこか不自然なものになる。芸能人とかでもない限り、それは必然だ。

 だって、普通の人は他人からカメラを向けられることに慣れていないから。

 だからカメラ越しだと、エリナが見せる不自然な笑顔もそこまで気にならなかった。


「澪おねーさんも撮ろうよ」

「私は……いいわよ」

「えー、もったいないよ。背景もいい感じなんだし」

「でも……」


 と渋る私に、エリナがスマホを向けた。


「ほら、撮るよー」

「ちょ、ちょっと」


 待って、と言い終わる前にシャッター音が響く。エリナはにまーっと笑顔を浮かべて、


「澪おねーさんもかわいいんだから、もっと自信を持てばいいのに」


 満足そうにそう言った。

 いったい何にそんな満足しているのかが疑問ではあったし、私がかわいいなんておかしなことを言うなぁ、と感じた。

 というか、エリナがいつも私のことを褒めてくれるから、勘違いしてしまいそう。

 私は本当にかわいいんだって、そう自惚れてしまいそうになるから困る。


「もう……で、どんな感じに撮れたの?」


 エリナに近づいて、スマホの画面を見せてもらう。

 そこに写っていたのは、慌てて変なポーズになってしまっている私だった。お世辞にも写真写りがいいとは言えない。

 表情も慌てていて、だいぶ見苦しさを感じるし。


「ほら、かわいい」

「かわいいかしら……その、だいぶ写真写り悪くない?」

「それも愛嬌だよ」

「えぇ……」


 と困惑せざるを得ない。こんなのに愛嬌を感じるのは、申し訳ないけれどわからなかった。

 そして、納得がいかないという感情が生まれた。こんな写りの悪い写真が気に入られるのが、エリナがその写真をかわいいというのが納得いかなかった。

 ……納得いかなかったので、火がついた。


「行くわよ、エリナちゃん」


 エリナの手を取る。柔らかな肌が指に吸い付いて、少し心臓が跳ねる。

 さて、行くとはどこへかという問題だが。


「行くって、どこへ?」

「写真。その写真は納得いかないわ。だから、もっとかわいい私を撮ってもらいたいなって」

「……えっ」

「どうしたの?」

「う、ううん。ただ、ちょっとだけ驚いたの。そう、ほーんのちょっと驚いただけだから」


 口の中でごにょごにょと何かを呟くエリナ。耳をすませると、


「……ずるいよ、澪おねーさん」


 と、よくわからない事を呟いていた。何がずるいんだろう。


「さ、行きましょう──それと」


 これだけは注意しておかないと。主に私のために。


「かわいいなんて軽率に言っちゃだめよ。勘違いしてしまうわ」

「勘違い……勘違いって?」

「まぁ、その……私が男の人だったら、勘違いしちゃうってこと」

「あ、あぁ……そう、だね」


 エリナが目線を下げる。何かをこらえるような印象を受けた。

 それからこちらを見て、笑顔を浮かべた。

 その笑顔は、やっぱり無理をした笑顔だった。




 エリナの笑顔に引っ掛かりを覚えたまま、時間は過ぎていった。

 一度吹っ切れると、私はそれなりに写真写りを楽しめる人間だったらしいということがわかった。

 あらゆる背景を舞台に、私は自分の写真やエリナの写真を撮っていく。それはなかなかに刺激的で、面白かった。


「よし、たくさん撮れた!」

「えぇ、疲れたけど、楽しかったわ」


 エリナとのツーショットも、枚数は少ないけれども撮れた。それはまさに永久保存版だった。


「いやー、これならまた来たいね、こういうイベント」


 エリナの笑顔は、本心からのものなのか、それとも偽りのものなのか。きっと五分五分ぐらいだろう。途中から違和感はなくなっていたから、多分五分五分だ。


「そうね。でも、それ以外でもエリナちゃんとは一緒に制服を着たいわ」


 実は、ちょっと調べたのだ。大人の私でも通える高校というのを。


「ねぇ、エリナちゃん。高校受験、してみない?」


 ずっと一緒にいたいから、私はそんな提案をした。

 例えば定時制高校や通信制高校なら、無理なく通えるだろう。一緒に入学して、一緒に登下校して、きっとそれはすごくいい事だ。

 そうすれば、もっと長いこと一緒にいられる。しかも、制服を着たエリナとだ。


「……でも、学力とか」

「定時制なら、そんなに難しいことはないわ。それに、今から勉強すれば大丈夫よ」

「……本当は」


 エリナが慎重に言葉を選んでいく。


「一緒に学校に行きたい。学校に行って、澪おねーさんと一緒に制服で登校して、自然に笑いたい」

「自然に?」

「……うん。ある人に言われたの。笑っていなさいって。そうしなければ、周りの人が離れていくって。でもそんなのは本物の笑顔じゃなくて……一緒に笑いたい。学校に通って、澪おねーさんともっといろんなことを共有して、一緒に笑っていたいの」


 彼女が少しずつこぼした言葉で、誰かがエリナにかけた呪いがわかった。

 笑顔でなければ、人が去っていく。それがある意味で真理にも思ったけれど、


「私は、エリナちゃんから離れていかないわ。絶対に、離れたくない。だから無理に笑わなくてもいいのよ──ねぇ、今回のイベントは楽しかった?」

「うん、楽しかったけど」

「そういう時に笑って。無理な笑顔は私も辛いわ」


 人が去っていく理由は色々で、また留まり続ける理由も人それぞれだ。私はエリナが好きだから、ずっとそばにいたい。


「その人と私、どっちを信じてくれる?」


 言葉が少し責めるような言い方になってしまっているので、優しい声を心がける。

 別に責めてるわけじゃないし。


「そんなの、澪おねーさんのほうに決まってるよ」

「よかった。ねぇ、約束。私はずっと、一緒にいるから」


 私の約束に、エリナがどう思ったのかはわからない。ただ、少しだけ沈黙してから、


「うん、約束。一緒にいてね」


 そう約束してくれたのだった。

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