第181話 コスプレ更衣室

 右を見ても人。

 左を見ても人。

 人人人──!


「うわぁ、いっぱい人がいるね」


 エリナが口にしたことに、私は頷くことで同意する。

 都会から少し離れたところにある、大きな公園。そこには多くの人たちが集まっていた。

 その多くは、カラフルなコスチュームに身を包んでいた。その多様さは、街ではお目にかかれないほどの多様さだ。

 例えば、ある人は必要以上に鮮やかでカラフルなセーラー服。

 ある人は、実用性をかなぐり捨てた真っ赤な鎧。

 あるものは派手に文字が書かれた特攻服。

 そして、髪の色も皆鮮やかだった。不自然なほどの光沢で、まるで現実の人間じゃないみたい。

 そしてそれはあながち間違いでもなかった。


「みんなアニメやゲームのキャラなんだよね、これ」

「えぇ。なんか、すごいわね」


 公園の中に、雑多なキャラクターがいる現実。現実でありながら、非現実な光景は、私の常識から見れば異質と言えた。

 だが、それが良いのだ。きっとこういうイベントは、そうでなければならない。

 自由。誰もが自分のなりたい自分を表現できる場所。

 キャラクターに、理想を見た人が集う場所。そんな印象を受けた。

 それはさておき。


「さ、着替えに行こ」


 スマホで園内マップを見て、どこにいけば良いのかを確認する。

 受付と着替えを行うのは、園内のすみにある建物だ。コンサートホールや会議室がある場所。

 国会議事堂を小さくしたかのような、レンガ調の建物に入る。エレベーターに向かう間、多くのコスプレをした人とすれ違った。

 みんな、クオリティが高い。上質な生地を使って、丁寧に縫われた服と、キャラクターに合わせてカットされたウィッグ。小物一つに至るまでが丁寧で、熱量を感じた。

 そんな人たちに混じっていいものだろうか、と少しためらいが生まれた。

 そんな感情を持ったままエレベーターに乗る。

 受付は四階にあった。会議室にあるような長机で、極めて簡易的な受付だった。


「こんにちはー。受付はこちらですー」


 やや間延びした声の受付に、エリナが電子の入場券を提示する。


「お二人ですね。更衣室は左側になりますー」


 リストバンドを受け取る。それから、いくつかのルールについて説明を受けた。

 ルールに従って、リストバンドを手首につける。これはイベント中ずっとつけていなければならないとのこと。

 それから、女性更衣室に入った。

 更衣室の中は、まんま会議室だった。ずらーっと長机とパイプ椅子が並べられていて、そこで着替えをする。


「さ、手早く着替えちゃお!」


 割り当てられた席に荷物を置いて、着替えを始める。といっても、服を脱いで制服を着るだけなのだが。

 ついでに言えば、構造がほとんどスーツというのもあり、着替えるのには手間取らなかった。

 手間取らなかったので、エリナが着替えている間に、更衣室の様子を観察する。

 人数がまばら。若い人が多いというか、リアルJKぐらいの歳の人も結構いる。

 かと思えば、私と同年代の人もいる。

 そして、皆真剣に鏡に向き合っていた。

 コスプレのメイクは、まるで魔法だった。テープで顔の輪郭や目元の吊り上がり具合を調節し、メイクで見栄えを良くする。そうすることで、二次元のキャラクターを現実に降臨させる。

 そこに、どれだけの努力があるのか。きっと途方もないほどの努力を重ねてきているに違いない。

 そうして、自分のなりたいキャラクターになりきった人は外に出ていく。一人、また一人と。

 共通しているのは、誰もが希望を持って、笑顔を浮かべていることだ。その笑顔は心の奥底から出てきたもので、だからこそ尊いものに思えた。

 私は目線をエリナに向けた。

 彼女は白いタンクトップのシャツを着ていて、ちょうどジャンパースカートを着るところだった。

 つまりは、まだ着ていない。着ていないから、そのスタイルが丸ごと観察できてしまった。

 ……好きな人の、体つき。

 思わず唾を飲み込んだ。率直に言えば、エロい。

 水着とはまた違ったエロさがある。本来見えない、シャツ一枚の姿というのはこう……見えてはいけないものが見えているエロさを感じるのだ。


「……澪おねーさん?」


 こちらに目線に気がついたのか、エリナが不思議そうな顔をする。よかった、考えている事まで悟られなくて。

 本当に悟られていないのかはわからないけど。


「なんでもないわ」


 そう返事をして、目線を逸らした。

 視界の端に、エリナの姿を捉えたままで。

 エリナは手慣れた様子で着替えを進める。そして化粧まで終わらせると、そこには初めて会った時のエリナがいた。

 懐かしい、あの頃のエリナが。

 何も変わらない。いつものように笑顔を浮かべて、いつものように私を誘惑する。

 また、あの時のようなエリナが見れるなんて。制服を着ただけじゃなく、化粧までしたエリナを見る事ができるなんて、と興奮しる。

 一方で、やはり今の彼女にはその姿は似合わないとも思っていた。なぜって、今のエリナは売春をしているわけではないから。

 あの姿は、無理をして売春をしていた頃のエリナの象徴だったから。

 ……それでも。制服姿のエリナはあまりにも可愛いと思った。これを見れて良かったと思うと同時に、このエリナを閉じ込めてしまいたいと、そう思ったのだった。

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