第180話 イベント前夜
ハロウィンイベント前夜。ハロウィン当日直前の土日がイベントなので、その前日である今日は金曜日に当たる。
制服にはあの日以来袖を通していない。一人で着る服ではないからだ。
リビングにて。
私はカバンに制服を入れる。エリナが探してくれたイベントにおいて、衣装を着たままの来場は禁止されているからだ。
さて、どうしようかと考える。
「エリナちゃん」
私は同じく準備をしているエリナに声をかける。
「化粧ってどう思う?」
「どうって?」
エリナが顔を上げて、首を傾げる。その姿が可愛らしい。
「ほら、制服じゃない。だから、化粧をするのってどうなのかなって」
乃亜ちゃんみたいにギャルなら、化粧の一つもしてるだろうけど、学生がどこまで本格的な化粧をするものなのかがわからなかった。
じゃあ、本格的な化粧って? という事は私にはよくわからないのだけど。
「化粧かぁ。別にどっちでもいいと思うよ。なりたい自分を表現するのがコスプレだって聞いたから、澪おねーさんが化粧したいならするべきだし、したくないならしなくてもいいと思う。わたしはするつもりだけどね」
そう言ってエリナが化粧ポーチを見せる。
そういえば、最初に会った時と違って、最近のエリナには化粧っけがないような気がした。完全にしてないわけではなく、かなり薄めにしている印象だ。
「エリナちゃん」
「なぁに?」
「最近お化粧薄めよね。何か理由があるの?」
ふと気になって、そんな事を訊いてみた。
「気になるの?」
「えぇ」
そう言った変化にも、エリナの心境の変化があるかもしれない。最近の不自然な笑顔のヒントがあるかもしれない。
十中八九ないだろうけど。
「んー、なんだろ。以前の化粧もナチュラルではあったんだけど、結構肌に負担かかるからね。だから、最近は薄めにしてるんだ」
「なるほど……でも、エリナちゃんはまだ若いんだし、そんなに気もすることでもないんじゃない?」
「それがね、歳をとるとダメージが表に出るんだって。だから、将来の肌を守るためにもね」
それは知らなかった。私はそもそもが化粧に無頓着だったから、知らなくても無理はないが……女性としては知っておいた方がいい知識だと思った。
こういうところで、育ちとかそういうのが出るなぁとも思った。化粧とか許されなかったしなぁ、と。
「でも、明日は気合い入れて化粧するよ。だって、せっかくのイベントだし」
「そうね。せっかくのイベント、せっかくの制服デートだものね」
「デッ、デートかぁ……そうだね、うん。デートだからね」
私が言ったデートという単語に、エリナは何か引っ掛かりのようなものを覚えたような反応を見せる。
嫌というわけではないんだと思う。ただ、一瞬だけ見せた表情が気に掛かった。
すごく切なそうで、でも何が原因なのかは私にはわからない。
「そうだ、明日お揃いのアクセサリーを着けない?」
「お揃いの?」
「ほら、せっかくハロウィンなんだし、ハロウィンっぽいアクセサリーを買ったんだよね」
エリナがそう言って、傍に置いてあった紙袋の中身を見せる。
中にはネックレスだ。そこまで上質なものではなく、おもちゃの質感だったけど。
ネックレスは小さく、チョーカーと呼ばれる部類だろう。白い顔に赤い唇の、笑顔のピエロが付いているのが一個と、黒いコウモリが付いているのが一個。
「わたしはこっちのピエロのを着けようと思うんだけど、いいかな?」
「いいわよ。結構可愛らしいわね」
チョーカーの作りはどちらも共通。色合いも同じで、おそらくは飾りだけが何種類もあるタイプの売り方をしている商品だろう。
「でしょ?」
と笑うエリナの顔に、ピエロがダブって見えた。
ピエロ。笑顔である事を宿命づけられた存在。
笑顔であることを強制された存在か、と内心で思う。
今のエリナは、笑顔でいなければならないと思い込んでいる節がある。
「どこで買ったの?」
「ショッピングモールのアクセサリーショップ。可愛いのが色々あったから、また教えてあげるね」
「楽しみにしているわ」
そう返事をして、エリナからコウモリのチョーカーを受け取る。
……エリナがどうしてそうなったのかはわからない。今回のイベントで、少しだけでも原因がわかればいいのだが、とそう思わずにはいられなかった。
針の色が、チクタク、チクタク。
眠れない。いや、割とすぐに眠りにつけそうなそんな感覚。
天井のシミを数えるが早いか、瞼の裏で羊を数えるのが早いか。
一人になると、エリナのことを考えてしまう。それは今までもそうだったが、ここ最近は少しばかり重めのことを考えていた。
つまりは、ここ最近悩んでいること。エリナの不自然な笑顔についてだ。
以前私は、エリナに対して「無理に笑わなくていい」と言った。
それは、きっと彼女の心に入り込んだはずだ。そしてある種の呪いとして、彼女から無理な笑顔を消し去ったはず。少なくともそれは自惚れだけではないと思う。
だが、現実には。今のエリナは無理な笑顔を作ることが増えた。
「エリナちゃん……」
エリナのことが好きだ。彼女の笑顔もまた、大好きだ。
だからこそ、無理な笑顔はしないでほしかった。
「……はぁ」
こうやって考えていても、結局は堂々巡りだ。原因がわからず、今のエリナはそれを話してくれるつもりはない。
「明日も早いし、寝ないと」
意識を落とそうとする。モヤついた心も、眠りにつけば消えてくれるはずだから──。
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