第177話 過去を知る者
さて、アクセサリーを買わないと。
わたしはショッピングモールを訪れた。地元では結構大きめなモールだ。
アクセサリーショップはそこの二階にあった。エスカレーターから少し離れた場所だけど、立地的にはそれなりだろう。近くにフードコートもあるし。
最初は澪おねーさんを誘って来ようと思っていた。けど、ここは一人でじっくりと選びたかった。
というのは、サプライズを企てたから。澪おねーさんとお揃いのアクセサリーを、こっそりと用意してやろうと思ったのだ。
そうすれば、澪おねーさんも断れないだろう。澪おねーさんが季節もののアクセサリーを着けるのに前向きかどうかがわからなかったがゆえの選択だ。
「いらっしゃいませー」
という店員の間の抜けた挨拶を聞き流しながら、アクセサリーを選ぶ。
お店の棚には、ハロウィン特集のPOPが貼られていた。手作りした感じが満載されたPOPは、少しチープで、だけどそれがこういったお店の味なのだろうと感じる。
さて、どうしよう。黒猫やおばけ、かぼちゃを模したアクセサリーが並べられている。服につけるピンバッジから、ネックレスやイヤリングまである。
澪おねーさんに似合うのはなんだろう。イヤリングあたりが、さりげなくていいのかな。
ネックレスもまた魅力だ。特に短い、チョーカーとか良さそう。
「何かお探しでしょうか?」
店員が声を掛けてくる。完全に不意を突かれる形で、わたしは一瞬ビクッとした。
「えー、と。実はサプライズでプレゼントを考えてまして。ハロウィンのイベントに出るんですけど、お揃いのものがいいなーって」
「いいですね。彼氏さんですか?」
彼氏、という言葉に心臓が掴まれたような錯覚をした。
彼氏、彼女、恋人。
別に、女性が好きな事が変だとは思わない。そりゃあ少数派かもしれないけれど、好きという感情に性別は関係ないと思っている。
だから、どきりとしたのはもっと別の部分。
恋人。わたしが澪おねーさんとそうなりたいって思っていて、だけども絶対になってはならない関係性。
特別な二人。
「違いますよ。大切な人ですけど、恋人とかそういうんじゃないです」
「そうなんですか?」
だって、恋人になってはいけないのだから。
いずれ、澪おねーさんにも恋人ができる日が来るだろう。そうなった時に、わたしは邪魔者でしかない。
こんな汚れ切ったわたしが、その立場になってはいけない。
わかってはいても、心の奥底が澱む。汚泥が溜まって流れずにいる。
「お客様?」
「あ……」
知らず、涙が流れていた。
澪おねーさんに恋人ができるなんて嫌だった。
こんなにもわたしは、独占欲にまみれていて、醜い人間だったのか。
そんなわたしが、澪おねーさんの隣にいていいのだろうか。たとえ今この時だけでも、一緒にいていいのか。
「お客様、大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ。だいじょうぶ、です」
「……でも」
「大丈夫です!」
自分でも信じられないほどの大声が出た。
周囲の人が目線を向けるのを肌で感じ、自分が誰かに怒鳴ってしまったという事実と、その相手が全く無関係で、わたしのことを心配してくれた人であることがわたしの心を蝕んだ。
「ごめんなさい、本当に……大丈夫ですから」
恥ずかしさと自分への苛立ちから、逃げるようにその場から立ち去る。
なんで、あんなことをしてしまったのか。そんな罪悪感から死にたくなってくる。
それから、どんなふうにモールを走り回ったのか。
息が切れて、わたしは立ち止まる。心臓の鼓動が早いのは、走ったからなのか、それとも罪悪感からなのか。きっと両方だ。
息を切らすわたしに、
「いい走りだね。陸上選手にでもなったらどうだい?」
と声を掛けるものが現れた。
その声をわたしは知っている気がした。嫌な予感がして、わたしは恐る恐る声の主を見る。
「久しぶりだね、エリカ」
エリカというのは、わたしが売春をしていた頃に使っていた名前の一つだ。
つまり、ここに現れた人物は、わたしの過去を知っている人物。
「……えっと」
「忘れてしまったのかい? 意外と薄情なんだね、エリカは」
覚えているわけがない。いや、見覚えがあるのだけれど、名前が思い出せない。
「まぁ、私が誰かなどはさしたる問題ではないがね」
「あの、ここで何を……」
言って、その人物は出店に座っている事に気がついた。
「……占い?」
「私の本業は占い師だからね」
「……なぜ声を?」
自分でも言葉が硬くなるのがわかった。警戒心がわたしの心の大部分を占めるのがわかった。
「古い知り合いを見つけたからね。それ以上の理由はないよ」
その瞳の奥には何を隠し持っているのか。それはわからない。読み取れなかったから、怖い。
怖いから、逃げないと。
「じゃ、わたしはこれで──」
「私なら君の悩みを一つ、解決できるかもしれないよ」
「──っ!」
蛇に睨まれたかのようだ。この人物は、わたしを睨んで離さない。
「占っていくだけなら、いいだろう?」
その言葉に逆らうことはできなかった。この人物がそれを許さなかった──。
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