第176話 ハロウィンアクセサリーについて

 ハロウィンといえば仮装。仮装といえばコスプレ。どんな図式が成り立つ。

 成り立つかどうかは知らない。たぶん成り立つという、多分に推定を含んだたぶんだ。

 そんな事をぼんやりと考えてみる。

 意識の外から聞こえてくるのは、澪おねーさんがお風呂に入る音。


「コスプレかぁ」


 コスプレ。実のところ、わたしが着ている──今ではほとんど着ていたになる──制服は、アニメのキャラクターが着ている制服らしい。

 そのアニメについては、実はよく知らない。コスプレ衣装のお店で買ったものだから。そのお店に入ったのも、単に制服が必要だったからだし。

 つまりは、ただただ利用しただけ。

 そんなことを思い出したのは、目の前にあるスマホが開いたページを見たからだ。


『ハロウィン・コスプレ・フェスティバル』


 と名付けられたイベントは、おおよそハロウィンとは無縁に思えた。

 ハロウィンの仮装といえば、おばけ、フランケンシュタイン、ゾンビなどだろう。

 いっぽう、画面に映っていたのは華やかな衣装に身を包んだコスプレイヤーたち。おおよそハロウィンらしくなかった。ハロウィンはもっとこう……華やかではないだろう。少なくとも、ここまで色彩豊かではないはずだ。


「でもこれ、場所がいいんだよね……」


 イベントは郊外の大きな公園で行われる。ここにはいくつかの建物もあり、和風洋風の背景で写真が撮れる。

 ほかにも、紅葉が綺麗な場所もあったりする。


「澪おねーさんは、なんて言うかな」


 このイベントを選んでいいのだろうか。澪おねーさんが同意してくれるのなら、このイベントがいいとわたしは思っていた。

 というのは、シチュエーションのよさだ。紅葉が背景を埋め尽くし、その中をわたしたちが歩く。手を繋いだりして……。


「それは望みすぎ」


 自分を戒める。そんなことを望んでどうするというのだ。

 そうやって距離を縮めれば、澪おねーさんと別れる時が辛くなるだけだというのに。


「うん、一緒に歩くぐらいで満足しなくちゃ」


 思い出は多くてもいい。でも、スキンシップに代表される触れ合いは、きっと致命的な毒になる。

 触れ合えばきっと、もっと触れたくなる。きっとそれは、別れを惜しむ理由になってしまうから。


「澪おねーさん」


 お風呂から上がってきた澪おねーさんに、スマホの画面を見せた。


「このイベントとか、どうかな?」




「で? えっちゃんは制服に合わせるアクセサリーが欲しい、と」

「そうなの。乃亜ちゃん、アクセサリーとか詳しそうだし」

「そりゃあギャルやってるし、それなりに詳しい自信はあるけど」


 次の日の仕事終わり、わたしは事務所で乃亜ちゃんを捕まえて相談する。勉強をしなくちゃいけないはずの乃亜ちゃんを捕まえたことに罪悪感を覚えた。

 ついでに、澪おねーさんに片付けを任せっきりにしてしまったことにも罪悪感を覚えた。乃亜ちゃんに相談したかったから仕方がない。


「コスプレイベントで着けるアクセサリー……ちょっとわからない所はあるかな。キャラクター?」

「ううん、オリジナル。制服はアニメのだけど、スタンダードなジャンパースカートだから、ベルト変えて校章を外せば普通になると思う」

「なるほど……あくまでも学生になりきるって事ね。重要なのはみーたんのほう?」

「そう。澪おねーさん、どうしても大人の人だからね。普通に外で制服を着るのは……って感じで」


 イベント参加を提案したのはわたしだ。澪おねーさんの性格上、おそらくは平時に外で制服を着るなんてことはできないだろうし。

 というか、イベントだとしても、よく澪おねーさんがいいよって言ってくれたなと思う。彼女はあまり乗り気にはなってくれないと思っていたから。

 ……しかし、同時にこうも思う。

 そもそも、一緒に制服を着ようって言い出したのは澪おねーさんだった。だから、イベントで着ようっていうアイディアに同意したのかもしれない。


「まぁ、そうだよね。うーん、学生向けのアクセサリーだと、ショッピングモールとかかな。あまり派手だったり、あるいは大人っぽいのは学生らしくないからダメだよ」

「なるほど……」


 スマホアプリを立ち上げて、メモ帳に記していく。うん、澪おねーさんを誘って、買いに行こう。

 それで、お揃いのアクセサリーを着けたりとか、それぞれで送り合ったりとか……きゃー、ラブラブカップル。

 なんて妄想はさておいて。


「乃亜ちゃんはさ、アクセサリーを選ぶときにどうしてるの?」

「あーしはね、それなりのものを身につけるようにしてるよ。地味すぎず派手すぎず。友達と揃えたりとかもしてるけど、自分で選ぶときはそうしてるかな」

「なるほど……」


 メモに追加。

 と、そこでわたしはいいアイディアを思いついた。


「お揃いでハロウィングッズアクセサリーとか、どうかな?」

「おっ、それいいじゃん。みーたんならハロウィンも似合うだろうし」

「だよね!」


 澪おねーさんがハロウィン系のアクセサリーを着けているにはすごく見たい。

 ハロウィンのイメージには、小悪魔的なものが多分に含まれる。普段小悪魔なのはわたしの役目だけれど、小悪魔な澪おねーさんがすごく見たいと思った。

 もちろん、ハロウィンアクセサリーを着けたからといって小悪魔になるわけじゃないけど。


「うん、ありがとう乃亜ちゃん。相談に乗ってくれて」

「それぐらいいつでも乗るよ。でも妬いちゃうなぁ。あーしもえっちゃんと制服合わせしたいよ」


 と、乃亜ちゃんがそう呟いた。

 ……わたしが澪おねーさんの制服に魅力を感じるように、乃亜ちゃんもまた、わたしの制服に魅力を感じているのかもしれない。

 なぜかは知らないけど。


「エリナちゃん、閉店片付け終わったわよ」


 澪おねーさんが戻ってくる。


「お話は終わった?」

「うん、終わったよ。じゃあ着替えたら帰ろ」


 そう言って、帰り支度を始めたのだった。

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