第173話 制服写真撮影会
「ねー、澪おねーさん。買い物行かない?」
「買い物……この服装で?」
一通り互いの制服を褒め合った後、エリナがそう提案した。
「うん」
「うんって……」
この服装、とはもちろん学生服だ。
「買い物って、どこに?」
「この時間だし、コンビニかな」
「……却下。さすがにイベントでもないのに、学生服でお出かけは恥ずかしいわ」
私はそう言って、指で小さくバツ印を作った。
「そっか、残念。でも恥ずかしいなら仕方がないね」
イベントでも恥ずかしいのだけれど、という言葉は飲み込んだ。恥ずかしいけれど、堂々と外で制服を着れるのだから、イベントを拒絶するのはもったいなく思えた。
もちろん、そのイベントにはエリナが居なければならないけれど。一人で制服を着ることに何の意味があるのだろうかと思う。
「でも、着替えてからならいいわよ」
「じゃあ、行こ。あー、と。先着替える?」
「えぇ、着替えるわ。でもその前に――写真撮らない?」
初めて、エリナと制服を着たのだ。写真を撮らなければ、きっと後悔する。
制服を着ること自体は、きっとこれからもあるだろうけれど。だけど、初めて一緒に着たという思い出は、今日一度っきりなのだから。
「うん、いいよ。じゃ、カメラ取ってくるね」
エリナがリビングに、カメラを取りに行った。
……本当は、写真もだいぶ恥ずかしいのだけれど。というか、下手したら人生の恥部になるんじゃあないかとも思った。
それでも、思い出は残しておきたいし。だから、写真を撮るのだ。
「お待たせ」
ほどなくして、エリナが戻ってくる。その手には、夏に買ったカメラが握られていた。
「じゃ、ポーズ取って」
「ぽ、ポーズ?」
「写真撮るんでしょ? だったらポーズも取らなくちゃ」
「いや、私は」
ツーショットだけを取るつもりでいたのだが。私一人だけの写真だなんて、誰が得するんだっていう話だし。
「さ、早く早く」
心なしか、エリナはウキウキとしているように見える。
見えるっていうか、明らかになんか浮ついている。声も弾んでいるし、表情も緩み気味だ。
「……まぁ、いいか」
エリナには聞こえない程度の声量でつぶやき、私は適当にポーズを取ろうとする。恥ずかしいし、でもエリナは止めてくれないだろうから、さっさと終わらせるに限る。
で、ポーズってどんなものを取ればいいのだろうか。グラビア雑誌を参考にしたりするんだろうけれど、私にはそう言った知識が皆無だった。
「……ポーズって、どういうのがいいの?」
「そうだね。両手を後ろで組んで、片足を軽く曲げながら上げるとか?」
言われたとおりにする。両腕を後ろの――腰のあたりで組んだ。右足に重心を置き。左足はつま先立ち。これであっているのだろうか、と不安になる。
エリナの指示が少しばかりわかりにくかったせいだ。
「ど、どうかな?」
「うん、可愛いよ。後は微笑めば完璧」
「微笑む、ねぇ……」
エリナに単独でカメラを向けられていると思うと、恥ずかしさと緊張が訪れるのだ。だから、微笑むなんてとてもできない。
「硬いなぁ。うーん、そうだ。じゃあさ、この前の旅行の時のことを思い出してよ。そうすれば、少しはリラックスできると思うし」
「え、えぇ」
言われて、夏の旅行の時のことを思い出した。
まばゆい日差し。
穏やかな潮風。
そして、水着のエリナと私。
あぁ、よく覚えている。あの時の事は、一生忘れられない、大切な思い出だ。
パシャリ、とシャッターを切る音が聞こえた。
「ん、いい笑顔」
私の意識は、夏のあの日から、今に引き戻された。
「自然な笑顔の、いい写真が撮れたよ。永久保存ものだね」
いつの間にか、エリナは私の写真を撮っていたらしい。
自然な笑顔を浮かべた記憶は、これがまったくのところ存在しないのだが、エリナが言うのならきっとそうなのだろう。
しかし、
「永久保存って、そんなにいいものかしら」
「いいよ。澪おねーさんが一人で写ってる写真なんて、ほとんどないから――もしかしたら一枚もないかも」
「それは、そうだけど……その。永久保存なんて言われたら、もっとちゃんとポーズ取ればよかったとか、恥ずかしいとか、いろいろと……ね」
「なるほどね。でも、ちゃんと保存しておかないともったいないからね」
「もう……まぁ、永久保存じゃないならいいわ」
いいのか、という疑問は完全に捨て去っておく。捨て去っておくというか、捨て去りたいというか。捨て去らなければ、恥ずかしさで三日ぐらい寝込みそう。
写真を撮るなんて言い出さなければよかった。こんな羞恥プレイをするなんて、聞いてない。
「じゃ、今度は私も撮って」
エリナがカメラを手渡してくる。え、えぇと頷いて、写真を撮るのに適した距離を取った。
それにしても、エリナと制服の組み合わせはあまりにもずるい。清楚でありながら、どこか背徳的な雰囲気を漂わせる。カメラ越しに見るエリナの姿は、そういった在り方の存在だった。
胸がざわつく。何度も経験した、エリナにドキマギする時の胸のざわつきだ。
「じゃあ、撮るわよ」
「うん」
エリナがスカートをわずかに持ち上げて、ポーズを取る。ごくごく自然な、少しだけ大きな笑顔を見せて。
それに目を奪われた。シャッターを押すのも忘れて、ただ見つめていた。
「澪おねーさん?」
「……ごめんなさい。ちょっと――疲れているみたい。一瞬ぼーってしてしまったわ」
そんな言い訳をして、もう一度カメラを構える。シャッターを切って、エリナの姿を写真に収めた。
「うん、かわいく撮れたわ」
被写体がエリナなのだ。たとえぶれていても、可愛いことには違いないだろう。
「そっか、なら良かった。じゃあ最後に、ツーショット撮ろ!」
エリナがてててー、と私に近寄ってきて、肩を寄せる。ふわり、とエリナの匂いが漂ってきたのと、肩が触れ合ったのとで、私の心拍数は跳ね上がる。
エリナはごく自然に、カメラを握った私の手を取る。そして、レンズをこちらに向けて、空いている手でピースサインを作った。
「セイ、ピース!」
と、よくわからない掛け声をして、エリナがシャッターを切ろうとする。私も慌てて、空いている手でピースサイン。
エリナの柔らかな指が、カメラを持った私の手に重なって、そのせいで緊張してしまう。だから不格好なピースサインになってしまったのだった。
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