第171話 一緒に制服を着たい

「あー、疲れた。今日はいつもより忙しかったね」


 仕事が終わり、私服に着替えた私たちは、閉店後の店内で一息ついていた。店内は薄暗く、特別な雰囲気が感じられた。


「そうね。SNSで見たって人が多かったわ」


 お店のSNSへのリンクが掲載されている掲示物に目を落とす。いつの間にか夕子が始めていたもので、運用は主に乃亜ちゃんがやっている。

 このSNS、私はノータッチ、エリナは少しだけ関わっている。そんな感じだ。


「SNSってすごいのね。今日の売り上げ、いつもより多かったわ」

「あ、やっぱり。今日はいつもよりコーヒー豆の減りが早かった気がしたんだよね」

「だよね。今日だけでいつもの二倍コーヒー売れてるもん」


 ぬっと、私たちの間に乃亜ちゃんが割り込んでくる。それに私は少しばかりむっとした。

 エリナの隣はもう一つ空いているというのに、わざわざ割り込んでくるなんて。


「乃亜ちゃん。備品のチェック終わったの?」

「終わった終わった。コーヒー豆を発注しておかないとね」


 エリナの質問に答えながら、乃亜ちゃんはエプロンを脱いでいく。


「明日は少し落ち着くと思うけど、どうだろうね」

「明日は平日だもんね。乃亜ちゃんは学校でしょ?」

「うん。だから、帰ってくるまで手助けはできない。ごめんね」

「学校だから仕方がないよ。大丈夫、お店は任せて」


 自信満々にエリナが言い、乃亜ちゃんが花のような笑顔を見せる。

 それに、もやもやする。エリナと私は仲がいいけれど、エリナはほかにも仲がいい人がいる。 

 ある種の独占欲みたいなものだろうか。エリナと一番対等で、一番近しい存在――一番仲がいいのは私でありたい。

 私でありたいけれど、乃亜ちゃんだってエリナと仲が良くて。それを引き裂くのは私にはできない。そうすれば、エリナの顔は曇ってしまうだろうから。


「どったの、みーたん?」


 気が付くと、乃亜ちゃんが私の顔をのぞき込んでいた。


「お疲れ?」

「え、えぇ。ちょっと今日は疲れたわね。早いうちに帰ろうかしら」


 立ち上がり、椅子の下においてあったカバンを手に取る。


「あ、澪おねーさん帰る? じゃあわたしも帰ろうかな」


 ごく自然に、エリナも帰り支度を始めてくれて、それが嬉しかった。まぁ、帰る場所が一緒だからってだけなのかもしれないけど。


「そっか。じゃあゆっくり休んでね。じゃーねー」


 バイバーイと手を振る乃亜ちゃんは、見た目通りのギャルだった。

 ふと、どんな偶然があればエリナと乃亜ちゃんが仲良くなった今に繋がるんだろうって疑問に思った。乃亜ちゃんには申し訳ないけれど、キャラクターの方向性が真逆ではないか、と思ったのだ。

 ギャル系と清楚系。なかなかにちぐはぐな組み合わせだ。

 

「じゃ、お疲れ様」


 乃亜ちゃんに挨拶して、お店を出る。

 夕暮れの町はどことなく寒気を感じる。なんというか、秋って感じだ。

 二人で繁華街を歩いていく。その距離感に少し不満を覚えた。

 恋人同士なら、もう少し近い距離間で帰ったりもできるのだろうけど。とはいえほとんど密着するような距離だし、あとはもう腕を組むとかだろうか。


「学校かぁ」


 不意に、エリナがこぼす。


「どうしたの?」

「いやね、本来なら私、学校に行ってるんだよなぁって思っちゃって」

「確かにそうね」


 そういえば、エリナと最初に会った時は学生服だった。けど実際には学校には行っていなかった。

 最初に会った時のエリナは、本当の学生に見えた。そして女子高生を金で買っているという事実に罪悪感を覚えていたような気がする。


「学校に行きたいの?」

「行きたいか行きたくないかでいえば、まぁ行ってみたいとは思う。本当の高校生になってみたいとは思う。でも、お金も時間もないし、勉強なんてもう全然できないし」

「勉強ね……」


 懐かしい響きだ。もうすでに、私の頭の中からは抜け落ちたものがたっぷりとあるだろう。とはいえ中卒の私が学んだことは、高卒の人たちよりだいぶ少ないはずだが。

 ……もし、エリナと同級生だったら。それはきっと、すごく楽しい学生生活だろう。

 私にはおおよそ友と呼べる人はいなかったし、もちろん恋人なんていなかったから。

 だから、エリナのような子と学生のうちに仲良くなれたら楽しかったんだろうなと思ったし、高校への進学ももう少し真剣に検討していたかもしれない。

 まぁ、あの母親が進学を許してはくれるとは思えなかったけど。


「私は、エリナと学校に行ってみたかったわ」

「わたしも、澪おねーさんと学校に行ってみたかった」


 それはたらればの話だ。年齢差があり、互いに事情があり、私たちは学校という場所では出会わなかった。


「……一つお願いがあるのだけど」

「お願い? ……なんか、嫌な予感がするけど、なに?」

「学生服、一緒に着ない?」




 と、いうわけで。私たちはディスカウントストアにやってきていた。理由はもちろん、私の学生服を買うためだ。

 ちなみに、割とあっさりいいよって言ってもらえた。

 なぜそんなことを言い出したのか。それは単純に、エリナと一緒に学生服を着てみたかったからだ。


「学生服って色々あるのね……」

「いろいろあるよ。私も選ぶのに苦労したから」

「エリナちゃんのって、ジャンパースカートだったわよね?」

「そうだね」

「じゃあ、私は……」


 シンプルなセーラー服がいいかな、なんて思った。でも、アラサーの私には似合わないか。

 じゃあ、どうしようかな……と悩む。

 コスプレ用の学生服は、それはそれはたっぷりの種類があり、細やかな色違いがあり、そういうわけで悩んでいた。


「どうしようかな。エリナちゃんはどれが似合うと思う?」

「澪おねーさんに似合いそうな学生服かぁ……パンツスタイルかな。澪おねーさんは大人っぽい印象を受けるから、ブレザーの方がいいかも」


 エリナが一つの制服を手に取った。紺色のブレザーで、ネクタイが付いている。


「これがいいと思う」

「ちょっと……シュッとしすぎじゃない?」

「着てみると意外と余裕があるんだよ」

「いや、サイズの話じゃなくて……」


 似合うかどうかという話だ。

 ブレザーはスーツと似ている。スーツは着こなせばシュッとしたカッコいい印象を持たせられるけど、私には似合わないのでは。

 じゃあセーラーやジャンパースカートが似合うかといえば、それもまた否ではあるんだけど。

 ……検討して、消去法でブレザーが一番自分に似合ってるか、と受け入れた。


「じゃあ、これにするわ」


 エリナとお揃いのジャンパースカートも心惹かれるけど。でもあれは、かわいい人が着てこそ輝く服なので。


「一足早いハロウィンね」


 店頭に置かれていたカボチャのオブジェを思い出してそう言った。

 この一ヶ月、エリナの色々な仮装が見たいなぁ。そんなことを思ったのだった。

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