memory six 元社畜OLとハロウィン
第170話 プロローグof十月
「最近、ようやく涼しくなったよね」
お店に向かう道を歩きながら、エリナがそう言った。
十月に入り、熱中症の不安がだいぶなくなってきた時期。ここ数年は、だいぶ夏が延長される傾向にある。
「そうね。でもまだ二十五度もあるわ」
そしておそらく来年は、十月後半にようやく秋を実感するのだろう。あるいは、
「いつのまにか冬になっていたりしてね」
「ほんとに? 寒暖差で風邪ひかないかな」
そんな会話をしながら、繁華街を歩いていく。
と、鮮やかなオレンジ色が目に入った。入ったというか、入らざるを得なかったというべきか。
「かぼちゃ?」
「どうしたの、澪おねーさん」
「ほら、あれ」
私はオレンジを指さす。その先には、一つの大きなかぼちゃのオブジェ。いわゆる、
ただし、その大きさは尋常ではなかったが。
「あー、そっか。もうそんな時期なんだ」
そのオブジェは、大きなディスカウントストアの店頭に置かれていた。全国的なチェーンで、ペンギンのキャラクターが目印のお店だ。
「ハロウィンね。なんか、変な感じがする」
私はエリナの言葉に反応する。
「変な感じ?」
「つい最近、海に行った気がして。でも実際は、あれからもう一カ月以上も経っているんだなって」
私のスマホの待ち受けは、海の時に撮ったエリナとのツーショットにしてある。緊張していた私と、いい笑顔のエリナが写っている、少しばかりちぐはぐな写真だ。
その写真を撮った、一生ものの思い出を作った二日間が、もうすでに過去の出来事になっていることに驚きを抱いていた。
「確かに。また海に行きたいなぁ」
「来年ね。この時期はもう、海辺は肌寒いわ」
とはいえこの気温だと、まだまだ海水浴も楽しめそうな気がするけど。
「そうだね。来年が楽しみだなぁ」
ディスカウントストアの前を横切る。
「来年の海も楽しみだけど、まずはハロウィン。私、エリナちゃんが仮装した姿を見たいわ」
お化け、ドラキュラ、ヴィクター・フランケンシュタインの怪物。エリナが仮装するのなら、きっとどれも可愛いだろう。可愛いだろうから、すごく見たいという欲望が隠し切れないでいる。
「仮装、仮装かぁ……うん、気が向いたらやってあげるね」
エリナがそう言って恥ずかしげに笑った。
「楽しみにしてるわ」
やってくれるかどうかはさておいて、楽しみなのでそう言っておいた。
「おはようございます」
という挨拶をして、お店に入る。お店の中はいまだに空調が冷房モードで効いていて、さて今は何月だったかなとわからなくなる。
「おはよう、二人とも。来て早々で悪いんだけど、新商品の試食をお願いできる?」
カウンターの中には、店長の夕子が居た。夜にやっているスナックの片づけをしているようには見えなかった。
どちらかといえば、待ち構えてたように見える。
「新商品、ですか?」
と食いついたのはエリナが先だった。彼女は厨房に立っているから、それも当然だろう。一方の私は、さて商品の略称を覚えないとなとか、そんなことを考えていた。
「そ。十月に入ったから、また季節のものを使ったケーキを出そうと思ってね」
夕子がカウンターの中から、二つのケーキを取り出した。見た目は――多少の誤差はあるけど――そっくりで、おそらくは同一の商品だろう。
「ま、とりあえず食べてみて」
「じゃあ、ありがたくいただきます」
私たちは椅子に座り、ケーキを引き寄せる。それからケーキをじっくりと観察した。
見た目はだいぶ黄色い。鮮やかな黄色ではなく、どちらかと言えばくすんだ黄色だ。
質感は割とスポンジに近いように思う。
私はフォークを突き刺す。さて、味は――。
「これ、かぼちゃですか?」
先に一口食べていたエリナが、疑問符を浮かべながら訊く。
「正解。もうすぐハロウィンだから、かぼちゃケーキ」
「なるほど」
なんか、先に答えを知ってしまって少しばかりがっかり。そう思いながら、ケーキを口に運んだ。
「……ん、美味しい」
甘さは控えめ。かぼちゃの柔らかな甘みが主で、砂糖の甘みはほとんど感じられない。
しかし、それがかえって素朴な美味しさを演出しているように思えた。
「ほんと、美味しいね、澪おねーさん」
「そうね。これ、今日からですか?」
「今日から。SNSで宣伝もしたから、今日は忙しいわよ」
「そうなんですか。じゃあ、気合い入れないといけないわね。エリナちゃん、頑張りましょう」
「うん!」
ケーキを食べ終わった私たちは、事務所に向かった。
「やっほー。おはよ、えっちゃん」
「おはよ、乃亜ちゃん」
そこにはすでに着替えていた乃亜ちゃんが待っていて、エリナと挨拶を交わしている。
「みーたんもおはよ」
それからフリフリと手を振って、こちらにも挨拶してきた。
「おはよう。元気そうね、今日も」
「あーしはいつも元気だし。今日は忙しくなるんだってね。ケーキ、試食した?」
「えぇ。美味しかったわ」
「わたしも食べたよ。美味しかった」
「それならよかった。さ、働こ働こ!」
乃亜ちゃんが先にお店に出ていき、私たちも着替えを始める。
十月の初め。秋本番が始まったのだった──。
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