第169話 旅のエピローグ(裏)

 電車の席から、先輩の様子を伺う。先輩はエリー──今はエリナと名乗っているんだったか──と、楽しそうにお話をしている。

 先輩とエリーの旅行を、私は尾行していた。それがいけないことだと知りながら、しかし二人の旅行が気になってしょうがなかったのだ。

 会話の内容は聞こえない。帰りの電車の中はそれなりに混雑していて、会話の仔細はかき消されてしまうから。

 でも、二人が仲良く旅行を楽しんだことだけはわかっていた。全部見ていたから。

 ……見ていてわかった。二人の関係性は、とてつもなく親密だと。それこそ付き合っているんじゃないか、と思うぐらいに。


「そんなこと……ないと思うけど……」


 というか、そんなことになっていたら私が狂ってしまう。ずっと先輩のことが好きだったのに、エリーに取られるなんて。

 それにしても、ずいぶんと親密そうだった。お祭りの中で、仲良く食べさせあっている所を目撃しているから。

 その姿は、恋人同士のようにも見えて。それが嫌だった。

 そう、まるで本当の恋人みたいだった。

 その光景を思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。

 どうして、そこにいるのがあたしじゃないの。

 どうして、そこにいるのは彼女なの。


「悔しいな……」


 悔しい。先輩の側に居られない事が、その先輩の側にエリーが居ることが悔しい。まるで先輩が盗られたかのように感じられた。

 ……まだ、付き合っていると決まったわけではない。決定的な証拠がない以上、そのことを追求できない。

 あたしはスマホを取り出して、チャットアプリを立ち上げた。連絡先は乃亜ちゃんだ。

 この二日間、先輩たちを追跡しながら、定期的に乃亜ちゃんと連絡を取っていた。

 あたしと乃亜ちゃんは、ある種のチームを作っているのだ。あたしは先輩が、乃亜ちゃんはエリーが好きだから、互いに協力することになった。

 今回は、仕事の休みが噛み合ったあたしが追跡する役割を請け負ったのだ。


「……あの二人、付き合っているのかなぁ」


 報告のチャットを書きながら考える。

 仮にあの二人が付き合っているのだとしたら、あたしはどうすればいいのだろうか。わからない、どうすればいいのかが、全くもってわからない。

 諦めるのは嫌だ。ずっと好きだったのだから、諦めるなんて考えられない。

 本音を言えば、二人の仲を引き裂きたい。引き裂きたいのだけど、それで先輩に嫌われるのが怖い。

 じゃあ、どうすればいいのだろうか。

 首元に手をやった。変装用のウィッグが指に刺さる。


「先輩……」


 あたしはどうするべきなのか。誰かが導いてくれたらいいのに。そう思ったけど、もちろんそんな人が現れるはずもなく。

 ただ、空虚な心のまま、先輩を見続けているのだった。




──Memory five【The fifth】 END

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