第168話 旅のエピローグ

 旅の終わりは寂しさを伴う。

 夕陽が差し込む帰りの電車は、満員というほどには混雑しておらず、しかし座ることはできないぐらいの込み具合だった。

 私たちの手には、お土産の袋があった。

 帰りの荷物が増えるのは想定していたような、想定していなかったような。お土産を買い終えたあたりで、あぁ、もう終わりなんだって思ってしまった。

 そうなることを無意識に予想していたからか、私は増える荷物を考えていなかったのかもしれなかった。

 だけど、荷物以外のモノも増えた。それは思い出という不定形のモノで、物理的な重みなどまったくないものだけど、どんなお土産よりも重かった。

 重くて、重いけれど、心地よい重み。それが思い出だ。

 そして思い出の重さは、寂しさを感じさせる。


「澪おねーさん、寂しい?」


 エリナが私の顔をのぞき込む。


「まぁ、ね。旅行の終わりってこんななんだって、そう思った」

「こんなって?」

「なんというか、あの時間が全部夢だったんじゃないかって思うほどに、現実感がないっていうか……そっか、現実に戻る感覚がするっていうのかな。だから寂しい」

「なるほどね。確かにそれはあるかも――でもさ、寂しさだけじゃないよね」


 私はエリナの言葉に耳を傾けた。


「思い出は消えないし、振り返った時にあの時は楽しかったなぁって思えるのなら、きっとそれは寂しいだけじゃないよね」


 その言葉にハッとする。思い出に対して、そう言った向き合い方をするというのは考えたことがなかったからだ。

 思い出は寂しいモノだけど、寂しいだけじゃない。思い出は持ち続けるモノで、振り返るモノなんだって、エリナはそう言っているのだ。

 だから、旅の終わりは寂しいだけじゃない。それはまた未来に続いていく。


「エリナちゃんはすごいね。そうやって、思い出にすることができるんだから」


 私がそう言うと、


「そうかな。わたしはそういう風に考えているっていうだけの話だしさ」


 そう返事が返ってきた。


「わたしだって、この旅行をずっと続けていたいよ。でも、それをずーっと続けていても、次には進めないから」

「次に?」

「うん。旅行って非日常でしょ? それを楽しむためには日常がなくっちゃいけない。非日常だけだったら、楽しめないんだよ。そして日常の中で、思い出に浸って次の非日常に想いを馳せる。次は何しようかな、どこに行こうかなって」


 そうやって語るエリナは、私よりよっぽど大人に見えた。

 やっぱりすごい。私だったら、ずっと非日常の世界に身を置いて、日常には戻りたくないのに。

 ……あぁ、でも。昔の私と違って、今の私にはエリナがいる。隣にエリナがいる日常なら、そこに身を置くのも良いのかもしれない。

 ……エリナがいる日常は、ずっと非日常的で。

 その非日常的日常が好きだから。


「そうね。その考え方をしてみるわ。さーて、次はどこに行こうかしらね」


 そうして、私は思うのだ。

 エリナといる日常の先に、ちょっとした非日常がある。それがきっと、今の私が選びたい人生なのだろう。

 非日常に身を置いていたいが故に、次を決めようとする。

 さぁ、次はどこに行こうかな。電車に乗れば、エリナとどこまでも行けるのだから──。

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