第164話 お祭り

 祭りが行われている場所は、昼に行った海水浴場とは反対の方面だった。人で賑わっているそこは、海沿いの道だった。島の半分ほどをぐるっと祭囃子が囲んでいる事になる。

 夜の海は神秘的だ。月光が海面に反射して、それが不思議な印象を受ける。

 その海面に、祭りの賑やかな光が混じる。反射する光は少しぼやけて見え、それが万華鏡のような視覚効果を生み出していた。


「うわぁ、すごい!」


 そんなことよりも祭りだと言わんばかりに、エリナが目を輝かせる。

 それはそう見えるではなく、実際に輝いている。つまり、彼女の目もまた、祭りの光を反射しているのだ。


「澪おねーさん、早く行こ!」


 エリナが私の手を取り、祭りの喧騒に連れ出してくれる。


「ちょっと待って」


 祭りの入り口で、私はエリナを止める。鳥居のような造形の門には、手作りの装飾がびっしり。


「写真、撮りたいわ。好きなポーズとってくれる?」

「なるほど、わかったよ」


 私はカメラを取り出して、数歩下がる。エリナを中心に、門全体が入るように。

 くるりとエリナが回って、浴衣を見せるようなポーズを取る。

 なるほど、これはいいポーズだ。浴衣も自分も魅力的に思わせることができる。

 ……そう、あまりにも魅力的なのだ。浴衣を着て、華やかに舞うエリナがあまりにも魅力的だから、私は彼女から目を離せないでいる。


「綺麗ね、ほんと」


 無意識に、言葉が溢れる。その言葉は、紛れもなく本心だった。


「なんか言った?」

「なんでもないわ、うん」


 恥ずかしさから、ついそう答えてしまう。

 もしここで、エリナの事が綺麗だって言ったのよって暴露したら、何かが変わるのだろうか。

 それはたらればの話だ。今の私には、彼女に告白する勇気がまだないのだから、そんな議論をしたところで無駄。

 今は、エリナを振り向かせる。エリナから、私への恋愛感情を引き出す事が先決だ。それができれば、きっと勇気も出せるはず

 私はもう一枚写真を撮り、


「さ、行きましょう」


 そう言って祭囃子の中に入っていく。

 さほど広くない道路の左右に、さまざまな飲食店や射的等の屋台がある。それらはチカチカと眩しい光を放っていて、暗くなりつつある世界を明るく染め上げる。


「私、こういうところに来るの初めてなんだけど……どうすればいいのかしら」

「そうだねぇ。色々あるけど、とりあえず晩御飯食べない?」


 エリナが屋台を一個一個眺めて回る。焼きそば、お好み焼き、フランクフルト──。


「いいけど、何食べるの?」

「とりあえず焼きそば以外かな。昼に食べたし」


 何にしようかな、とエリナが呟きながら歩く。

 何を食べたいか、それを考える必要があるというわけだ。何を食べたいか……何を……。

 一瞬、私はエリナを食べたいという欲望を抱いた。もちろん、性的な意味でだ。


「はぁ……」


 エリナに悟られないよう、ごく小さなため息を一つ。それにこの欲望を乗せて、自分の中から追い出す。


「そうねぇ……とりあえず唐揚げかな。澪おねーさんは?」

「私は……一個貰えたらいいわ」


 エリナは空いている屋台に、唐揚げを注文しにいく。


「唐揚げお願いします」

「はいよ、五百円。揚げたてだからやけどに気をつけてな」


 こういったお祭りの飲食物は、百円単位で値段がつけられているらしい。特に五百円が多く、それはきっと、釣り銭を用意する手間とか諸々を省くためだろう。

 エリナが唐揚げを受け取ると、人の往来がある場所から離れる。屋台と屋台の間から歩道に抜け、付属していた爪楊枝で唐揚げを口に運んでいく。

 その口元に、私の意識は向いていく。


「ん、美味しい」


 エリナがそう言って、ハフハフと唐揚げを咀嚼していく。熱そうだが、本当に美味しいのだなと伝わってくる。


「澪おねーさんも、あーん」


 で、エリナが唐揚げをこちらに差し出してくる。私は恥ずかしさを覚えた。これは羞恥プレイとかいうやつではないのか、と。

 ……今更か。ファミレスとかでもやってるし。覚悟を決めて、私は唐揚げに食いつく。

 とたん、口の中に熱いものが広がる。それから、醤油ベースの味わい。肉汁は私の口内で好き勝手暴れて、舌の上で肉の旨みを存分に楽しませてくれた。


「美味しいわね」


 とはいえ、それは副次的なものだ。私にとっては、エリナが食べさせてくれたという事実の方が大事だった。


「でもちょっと味が濃いわ」

「確かにね。ご飯とか合いそう」



 エリナの発言に首肯する。確かにこの味付けなら、温かいご飯か冷たいビールがよく合うだろう。

 屋台の列を見ると、飲み物を売っている屋台も多く見受けられた。缶ビールを提供しているところもある。

 だけど、酔っ払ってエリナと一緒にいる時間を無駄にするつもりはない。


「次は何を食べようかな……フランクとかいいかも」


 エリナが屋台を眺めながら思案する。その横顔は、ワクワクしているように見えた。


「まだお祭りは始まったばかりだし、気になるものを色々食べてみたら?」

「うん、そうする」


 再び祭囃子の中に。

 エリナは色々見て、フランクフルトにチョコバナナに……と惣菜系から甘味系までを手当たり次第に買っていった。


「んー、美味しい。澪おねーさんも一口食べる?」


 と言って往来を外れると、私に差し出してくる。受け取ろうとするとかわされるので、私はあーんするしかないのだ。

 往来から外れているのが幸いした。エリナが人目に付きにくいところを選んでくれるから、私は恥ずかしながらも、何とかエリナからのあーんに応えられているのだ。

 で、私はエリナから貰うものだけでおなかが膨れてきていた。エリナから貰うもので満たされていく。それは私の理想に近い。エリナで満たされていく、エリナが私の構成要素になっていく。

 ちなみに途中から私もお金を出している。貰ってばかりというのは罪悪感があるし。

 で、気が付いたら私の頭にもエリナの頭にもお面が付いていたりしていて。それはありていに言えば浮かれていたんだと思う。

 射的に夢中になったり、くじ引きではずれくじを引いたりして遊ぶ。そんな時間が大切で、私はこの時間がずっと続けばいいのにとか思っていた。

 お祭り自体は……きっと一人で来ても楽しめなかっただろう。人が多くて窮屈、歩き続けるしかないから疲れるし、何よりも一人で楽しむような場所じゃない。


「エリナちゃん、連れてきてくれてありがとう」


 気が付くと、そう言っていた。エリナと一緒に来れたこと、エリナとだからこそこのお祭りを楽しめているという事実。

 それがきっと、その言葉を紡いだのだ。


「どういたしまして。私もお礼を言わなくちゃ。一人じゃお祭りに来ようなんて考えもしなかったから」

「そっか、じゃあおあいこだね」


 私たちは笑いあう。


「っと、そろそろかな。お祭りもそうなんだけど――もう一つ、イベントがあるんだよね」


 エリナが私の手を取る。どこに連れていかれるのだろう。

 そう思いながらついていったのだった。

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