第160話 海だー!

「はい、それではお荷物お預かりします」


 ホテルのフロントで荷物を預ける。チェックイン前でも荷物を預かってくれるホテルで助かった。荷物を持って海は少しばかり厳しい物があるし、大きなコインロッカーは全部埋まってしまっていたし。


「では、行ってらっしゃいませ」


 フロントマンに見送られて、私達はホテルを出る。

 ホテルは山の上にあった。山と言っても、そんなに高いわけではない。ちょっとした小高い丘、と言った方がより正確だ。

 眼下には、広がる海。遠くに見えるのは本島である。


「ふー、身軽になったね」


 隣を歩くエリナが嬉しそうに言う。彼女の言う通り、荷物を預けたことでだいぶ楽になった。心情的には、肩が軽い気分とでも言うべきだろうか。

 今の私達は、海で使う荷物と貴重品だけ持っている状態だ。


「って、あれ。あの大きな荷物は持って行かなくていいの?」

「大丈夫。あれは夕方からが本番だから」

「夕方?」

「まー、まだお楽しみってことで」


 エリナが秘密主義に目覚めた、とか一瞬そんな事がよぎる。もちろんそんな事は無いのだろうけれど、そう思ってしまうほどには隠し通している。

 いったい何を隠しているんだろう、エリナは。気になるなぁ。

 そんな事を思いながら、私はのんびりと山道を下っていく。アスファルトが熱を反射して暑い。海が近くにあろうがなんだろうが、夏は暑いのだ。

 島の大半を覆う木々が影を作り、その中を歩くように意識する。


「早く海入りたいなー」


 エリナの言葉に同意の頷きを返す。せっかく来たのだから、少しでも長く海で遊びたいという気持ちがあった。でも、それ以上に早くエリナの水着が見たい。

 水着、もうすぐでエリナの水着が見れる。そう思うと胸が熱くなった。

 この時をどれほど待ち望んでいたのか。私はそれがわからない。わからないほどに待ち遠しかった。


「それに、澪おねーさんの水着も見れるし」

「そ、そうね」


 エリナは平気でそんな事を言ってくる。私がエリナの水着を見れるという事実に、あまりにもドキドキしているのと対照的だ。

 エリナは私の水着にドキドキしないのだろうか。しないわよね、と内心でため息を吐く。普通同性の水着にドキマギなんてしないから。本当は私がおかしいのかもしれない。

 ……そんなの、関係ない。私はエリナが好きで、エリナの水着が見たい。ただそれだけ。性差なんて関係ない。


「私も、エリナちゃんの水着を楽しみにしているわ」

「そ、そっか。ちょっと照れるな……」


 エリナがそっぽを向いてしまう。恥ずかしがっているのがまた可愛らしく、より一層彼女の水着を見たいという気持ちが強まるのだった。

 ふむ、見せるのが恥ずかしいという気持ちはあるのかと思った。私の水着に興奮はしないが、見せるのは恥ずかしい……それは、見るか見られるかの違いだろう。

 私だって、エリナに水着を見られるのは恥ずかしいし。


「でも、可愛い水着を選んだから楽しみにしていてね」


 エリナの言葉一つ一つが、私の中で期待値を高めてくる。エリナが自信を持ってお出しする至高の一品だと言われているようなものだから。

 まぁ、正直な話スク水でも全然興奮するんだけど。スク水にはスク水の良さがあるし。

 そんな変態的な事はさておいてだ。私も水着をできる限り全力で選んだ。それをエリナに披露するのが楽しみだし、どんな感想が貰えるのかが気になって仕方がない。

 そんな会話をしているうちに、海についた。白い砂浜と、まばゆい光の海面。そしてたくさんの人。

 ただ、浜辺を完全に埋め尽くすほどレジャーシートが敷かれているわけでもない。大体総面積の半分ぐらいが、レジャーシートで埋まっているような感じだろうか。


「じゃあ、早速レジャーシートを敷きましょう」


 浜辺に足を踏み入れる。ざくざくとした足の感覚が、少しばかりの歩きづらさを感じさせた。

 この感覚は新鮮だ。私にとっては初めての経験と言ってもいい。

 なぜなら私は、海遊びをした事が無いから。


「海だー! って叫びたくならない?」

「そう?」

「昔観ていたアニメだと、そう言うんだよ」

「なるほど。じゃあ――」


 私は息を吸い込んだ。

 大きく一歩を踏み込んで、


「海だー!」


 勢いよく叫んだ。その声は人々のざわめきによってかき消された。

 それでいい。それぐらいがちょうどいい。

 それぐらいが恥ずかしくないのだから。


「海だー!」


 エリナが少し遅れて叫ぶ。

 こうして、私とエリナの海遊びが始まったのだった。

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