第103話 もう一つの屋敷(2)

「アマシロファイナンスなぁ……あれはろくでもない連中だよ」


 と、男は言った。その顔つきは真剣そのもので、わたしもつい身構えてしまう。

 少女も男の隣に居て、同じく真剣な顔つきで話を聞いている。


「俺の親父から聞いた話なんで、信用してもらえるかどうかは微妙だけど」


 と前置きして、


「彼らの運営母体は天城家っていうヤクザだ。彼らから金を借りようなんて事は考えない方が身のためだと思うけどな」

「なるほど、やっぱり天城家なんですね」

「あぁ。俺の親父はある企業の社長なんだけどな、そんな仕事についていると、少なからず裏社会の事について知る機会があるらしくてな。それと、俺は俺で独自の情報網を持っているわけなんだけど――まぁ、それは今は置いておく」

「事務所の場所とかってわかりますか?」

「いや、それは知らんな。天城家の事務所は隠されていて、堅気の人間には知りえないらしい。で、俺も当然堅気だからしらないという事だ。で、君はなんでそんな事を知りたがるんだい?」

「知り合いが天城家に拉致されまして。それで木城市まで来ました」


 端的に、事実だけを伝える。その知り合い――澪おねーさんが、天城家の関係者だという事は伏せておいた。

 情報には伝えるべきものと、そうでないものがある。ここで伝えるべきは、知り合いが拉致されたという事だけだ。


「なるほどね。てことは別の所から来たんだ」

「はい」

「そうなると、こっちでは宿を?」

「いえ、野宿をしています」


 野宿……と、男が呟いた。


「それは、いけませんね」


 と、ここまで口を閉ざしていた少女がそう言って、男の方を見る。その目線は同意を求めているようにも見えた。

 何を考えて、その目線をしているのか。それはわからない。


「だな。君、良かったらここに泊らないか。見ず知らずの人で心配かもしれないが、野宿よりはマシだろ」

「それは――」


 正直願ってもない話だ。テントはそこまで疲れが取れるわけではないし、何より危険すぎる。

 だけど、ここに泊めてもらえるとなれば話は変わってくる。屋根のあるところで眠れるという、ただそれだけでもかなり変わってくるはずだ。それに、活動の拠点としても使えるし。

 でも、問題もある。この人たちを信用してもいいのだろうか、という問題だ。初対面の人だし、襲われる可能性だって零ではない。

 わたしは少しの間黙り込んで考える。

 リスクとリターンを天秤に掛けた時に、さてどっちがいいのか。

 テント生活にもリスクはある。テントを撤去されたらそれで終わりだ。それに、暴漢や不審者に遭遇する可能性もある。

 ここで世話になる場合、身の回りの物を盗られる可能性も考えられる。襲われるかもしれない、というリスクもついてくる。

 一方、テント生活の場合は時間も行動も完全に自由だ。何時に行動しても良い、という強力な強みがある。それは、ここで世話になる場合にははく奪される自由だ。

 しかし、安全かつ快適な環境で睡眠を取れるという事は、昼間の活動が楽になるという事でもある。それだけ捜索効率も上がるだろう。


「――わかりました、お世話になります」


 逡巡の末、わたしはそう言った。


「うん、そう言ってくれると俺も安心できる。っと、名乗ってなかったな。俺は桐山慎二、でこっちが桐山美咲」


 自分、少女と男――慎二さんが指をさす。


「美咲です。よろしくお願いします」


 少女がそう言って小さく頭を下げる。


「慎二さんに、美咲さんですね。わたしは松本恵美です。その、エリナって呼んでもらえるとありがたいです」

「エリナ、ね。なんで名前が二つあるのとか、そういうのは訊かないでおく」

「そうしてくれるとありがたいです」


 その気遣いがありがたかった。


「じゃあ、荷物を取ってきてくれるかな。俺達は部屋の用意をしておくから」

「わかりました」


 現状判断だが、親切な人たちに出会えてよかった。立ち上がりながらわたしはそう思ったのだった――。

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