第101話 再来

 生園町を歩いて、聞き込みをする。今回の聞き込み対象は、アマシロファイナンスについてだ。東堂組や天城家の情報はこれ以上ないだろうから、という判断だ。

 アマシロファイナンスは、堅気の人間を商売相手にしている。だから、自然情報も手に入るだろう、という想定だ。


「アマシロファイナンス? あぁ、そう言えばチラシが入ってたな」


 そう言ってくれたのは、花屋のご主人だった。


「そのチラシって、残ってたりしますか?」


 もしチラシが残っていれば、貴重な情報源だ。


「もう捨ててしまったなぁ。闇金だろ、そいつら」

「ですよね……」


 が、事はそう簡単には運ばない。情報源としてチラシを求めても、そう言った類の物はすぐに捨ててしまうのが常だからだ。こちらに回ってくる可能性は低いだろう。


「なんだ、嬢ちゃん。金に困っとんのか」

「あ、まぁそんなところです」

「大変なんだな、嬢ちゃんも。しかしアマシロファイナンスか。木城で闇金やるたぁ、連中も度胸があるっつーか。東堂組の人たちにバレたら追放されるっていうのにな」


 いや、それは違う。天城家の連中が運営母体なのだから、東堂組も迂闊に手を出せない――とわたしは推測する。それとも、運営母体が同じ系統の組織だから、東堂組の情報網の隙を付けるのか。いずれにせよ、厄介な相手だ。

 ……まて、東堂組が知らないとしたら。その情報を東堂組に流したらどうなる。


「そっか、それなら――ありがとうございます」

「いいってことよ。ほいじゃーな、嬢ちゃん」


 わたしは花屋を出る。その足で東堂組の事務所に向かったのだった。




「おん? 嬢ちゃん、また来たんか」


 インターホンを鳴らした私を出迎えたのは、前回と同じ人だった


「はい、伺いたいことがありまして」

「なるほど、しかし感心しないな。こないなところ、カタギの人間が頻繁に来るところじゃない」


 そう言いながら、その人は踵を返す。


「しかし、せっかく来た者を無碍にするのもまた、間違っている。今回ばかりは付き合ってやる」

「ありがとうございます!」

「礼なんていらん。ほら、上がった上がった」


 促されるままにわたしは屋敷に入る。そのまま彼の後ろをついていく。

 二回目となると、屋敷の細部にも目がいく。全体的に厳かな印象を受けた。

 和のテイストで統一された屋敷だ。すれ違う人たちはほぼ全員がスーツで、それが違和感を感じさせた。こういう場所なら。和装が似合うと思うのだ。

 左手にある廊下の窓からは光が差し込んでくる。今日はいい天気だ、と思う。

 右手側には襖が規則正しく配置されている。その中からは話し声が聞こえたり、聞こえなかったり。使っている部屋は前を通るとすぐにわかった。

 わたしは前回と同じ部屋に通される。そこには、寝転がって煎餅を齧っている輝子さんがいた。


「お嬢……人目がないからってだらけすぎでは?」

「うん? いーじゃない、きゅーけいきゅーけい」


 なんか、意外だ。輝子さんはもっとキッチリした人だと思っていた。


「はぁ……お嬢に客ですよ」

「うぇ⁉︎」


 輝子さんが飛び起きる。まるでアニメのような動きだ、とわたしは思った。


「ご、ごめん」


 それからこちらに向き直り、


「って、あれ恵美ちゃんじゃない。どうしたの」


 煎餅の残りを一気に頬張ったのだった。意外と食い意地が張っているようだ。


「どうも……ちょっとお訊きしたい事がありまして」

「訊きたい事、ねぇ。まぁ、とりあえずお茶でも飲んだら」


 輝子さんが急須からお茶を入れてくれる。わたしは礼を言って湯呑みに口をつけた。渋いお茶の味わいが口に広がって、苦い顔をする。

 輝子さんはニコニコした表情でこちらを向く。威圧しないようにっていう気遣いだろう。


「で、訊きたいことって?」

「その……アマシロファイナンスって知っていますか?」


 その笑顔が凍りつく。それから、


「……アマシロファイナンスについて語れることは何もないわ」


 何も読み取らせない表情に変わった。

 こうしていると、彼女は本当に恐ろしい。ヤクザの人間だということを感じさせるナニカを持っている。


「力になれなくて申し訳ないけど、何も言えない」

「アマシロファイナンスの人たちが、違法な取り立てをして、債務者を追い詰めているとしてもですか」

「だから、なおさらあなたには言えないの。道を外れた者には、道を外れた者が対処するしかない」


 堅気であるわたしは、関与する事すら許さないと輝子さんは言ったのだ。

 それは、確かに正論だ。わたしはヤクザではないし、だから安全だけを考えるのならばアマシロファイナンス──天城家に関わるのは間違いだ。


「……そうですか」

「えぇ、ごめんなさいね。そういうわけだから、もう帰って。ここに来てはいけないわ」


 輝子さんが襖を開ける。それからの彼女は何も言わなかった。

 ……これ以上は無駄か、とわたしはそう思って立ち上がる。


「ありがとうございます」

「いえいえ。帰り道気をつけてね」


 輝子さんに見送られて、東堂組の屋敷を出たのだった。

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