第99話 機構町

 テントに戻って、メモ帳に書き殴っていく。今日起きた事、輝子さんから聞いたことを書いて整理する。


「東堂組と天城家は繋がっている。けど輝子さんの様子から推測するには、多分天城家を疎ましく思っているはず」


 テントの天井に吊り下げた灯りは心許なく、今のわたしの心情を表しているかのようだった。お先真っ暗と言うやつだ。

 けど、うっすらと光が見えている。どうにかしてその光に近づかなくてはならない。それがどれほど困難な道のりだとしても、だ。


「天城家が野放しにされているのは、証拠がないから。輝子さんの反応からすると、多分澪おねーさんが同意していないことは把握しているはず。となると、天城家のことをもっと調べて、もう一度東堂組に行くべきかな」


 と言っても、肝心の天城家の情報が全く揃っていない。聞き込みの結果から考えても、市民から情報を得ることは難しいだろう。

 しかし全く手掛かりがないわけでは無い。母が借金していた、アマシロファイナンスという金融会社。この地の金融会社であり、加えて名前からして、天城家が運営母体か、あるいはその息のかかった金融会社であることは容易に想像できる。

 だからそっちの線から探っていくことにする。


「──どうやって?」


 どうやってアマシロファイナンスのことを調べる。そも、そこが問題だった。金融業者の探り方なんて、もちろんのこと知らないから。

 ……闇金業者なわけだし、借金するとか。身を切るやり方だけど。

 でも、そうだとしても難しいところはある。身分証明書を持っていないから。持っているとしても、年齢が問題になってくる。


「むー、どうすればいいのかな」


 アマシロファイナンスと検索をかける。ホームページは出てこない。SNSで検索しても同じ結果だ。そこまで大きな規模では活動していないのか。

 八方塞がりだ。どうにかして情報を引き出したいけれど……。

 インターネットじゃあダメか。やはり足で調べる必要があるらしい。だけど、じゃあ債務者がどこにいるかとかわからないわけだし。

 あ、そうだ。

 一つ良いアイディアを思いついて、わたしはテントを抜け出した。




「ねぇ、わたしを買わない?」


 機構町の道を行く人にわたしを売り込む。


「買う? 売春って事か?」

「はい。どうでしょう」

「バカだな、ここで売春するなんてさ」


 みんな似たようなことを言って断った。


「胴元は誰かは知らねーけど、酷い目見るぜ」

「あのさ、罰されたくないし、買わないよ」

「嫌だね。東堂が黙っちゃいないぜ」


 それらの言葉から考えるに、どうやら東堂組が売春を禁じているらしい。これでは情報を得ることができない。


「どうしよう……」


 わたしがやろうとしたことは、売春を通じて情報を得るという事だった。売春をするような人なら、闇金と繋がりがあってもおかしくはないから。お金を借りてまで女の子を買うような人とか、わたしのお客にも存在していたし。

 それが東堂組の管理下では使えない方法だとわかる。じゃあどうすればいいのだろうか。

 また他の方法を探さなくてはならないのか。


「……ふぅ」


 コンビニで買ったココアを飲む。甘ったるい味が口の中で踊った。脳に糖分が行くのを感じた。気のせいかもしれないけど。


「まだまだ。諦めない」


 わたしは口元を拭うと、再び夜の街に戻っていく。

 とはいえ木城市はそこまで大きな街ではないし、もちろん繁華街でもない。労働者の大半が働く場所である機構町だってそうだ。

 ここは無機質な建物ばかりで、ある種面白みに欠ける。工場ばかりだ。人によっては工場夜景がたまらない、というらしいがわたしにはわからない。

 機構町は海に面している。この手の場所は何故か海に面しているイメージがあり、町を歩いているとそのイメージと全く同じ光景を見ることができた。


「……そういえば」


 機構町をこうして歩くなんてことはほとんどなかったように思う。そもそもが用事がないために来ることがなかったのだ。あとはまぁ、暗くて怖い場所という印象が強かったというのもある。

 しかしこうして歩いてみると、結局普通の町である。むしろ、いつもの繁華街の方が物騒な雰囲気にあふれている。

 言い換えれば、清廉潔癖せいれんけっぺきすぎるのだ。町の雰囲気そのものが。

 だから町そのものが異質なものに感じられた。まるでそこに、わたしのような汚れた存在は存在してはいけないと言われているみたいだ。



 そうして、どれほどの時間が経過したのだろうか。



 その日、結局客は取れなかった。わたしは途方に暮れながらテントに戻る。寝袋に潜り込んで、目を閉じた。


「澪おねーさんに会いたいな……」


 疲れ切った体は、一秒でも早い睡眠を求めていた。それに、頭も働いていない。だからか、弱音を吐いてしまう。

 泣きはしないと誓ったのに、弱音を吐いてしまうなんて。そんな自分の心の弱さが嫌になった。

 そして意識が沈んでいく。暗闇はまるで、わたしの未来を暗示しているかのようだった──。

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