第97話 調査
木城市といえば有名とまでは言わなけれど、それなりの知名度がある場所だ。わたしの出身地でもある。
市内は二つに分かれている。一つが住宅地の
もう一つが
とにかくそういう工業都市が、木城市だ。
わたしは市内を流れる川の河川敷にテントを張る。橋の下、人通りの少なそうな場所を選んだ。ここなら撤去されることはないと思いたい。
ここが当面の活動拠点になる。売春時代に稼いだお金が多少あるにはあるが、節約するに越したことはないからだ。
カーキ色のテントは二人用で、着替えの入ったリュックや寝袋を置いたら、それだけでいっぱいになってしまった。まぁ、見慣れた光景ではあるのだけど。キャンプ用品店の店員さん曰く、テントの人数はあくまでも寝れる人数だとかで、荷物を置く事は考慮していないらしい。
わたしは寝袋に包まってスマホをいじる。河川敷は、当然だけど水場の近くだから寒い。今の時間──夜は尚更だ。
「天城家の情報はないか……東堂組ならどうだろう」
東堂組と検索をかける。検索結果がいくつか出てきた。
「こっちから攻めてみるのもありかな……まずは澪おねーさんに会わないと」
やるべきことは山ほどある。澪おねーさんに会って、それからのことはわからないけど、きっと大変だ。最悪命を落とすかも。
そうならないように、立ち回りは慎重かつ大胆にしなければ。
「……あれ、東堂組って堅気の人間には手を出しちゃいけないって決まりがあるんだ」
インターネットの大百科にはそう書かれていた。となると、天城家のやり方は間違っているんじゃないか、東堂組からしてみれば。
となると、東堂組に直談判してみる? けど、リスクが高すぎる。
さて、どう動くべきか。
「……とりあえず寝よ」
考え続けると明日に響く。なのでとりあえず眠って、冴えた頭で考えることにした──。
で、次の日。朝からわたしは稼働していた。生園町の商店街のお店で聞き込みだ。
「あの、すみません。ちょっとお訊きしたい事が」
というフレーズを何度繰り返しただろうか。
それを繰り返した結果得られた情報は、こんなものだ。
一、東堂組は地域に根付いている。
二、治安維持の大半は東堂組に依存している。
三、東堂組に対する市民の反応は良好。受け入れている。
四、東堂組は堅気の人の困りごとを解決するために尽力している。
……これ、本当にヤクザなのかな。警察の間違いではないのか。
とにかくまとめると、治安維持組織としての側面が強い組織らしい。果たしてどこまで鵜呑みにしていいのかはわからないけど。
わたしは公園で、テイクアウトしたチェーン店の牛丼を掻き込みながら、集めた情報をリストアップして纏める。
東堂組の情報は結構集まったと思う。けど、天城家に関してはこれが全く集まっていない。そもそも実在しているのかも怪しいレベルで、誰も知らないというのだ。
どうすればいいのだろう。
一番手っ取り早いのは東堂組の事務所に乗り込むこと。事務所の場所はインターネットに乗っていたから、わかっている。
「難しいなぁ」
空になった牛丼の容器をゴミ箱に押し込んで、お茶を一気に飲み干す。
「あっ、そうだ」
あくまでも人探しをしている、という事にして訊いてみるのはどうだろうか。それならさすがに命までは取られやしないだろうし。
そうと決まれば、早速行こう。
公園を出て、住宅地を歩く。昼過ぎの住宅地は閑散としていて、寂しさを覚えた。
しかし町並みは変わっていない。何も変わっていないなぁ、と感じた。一年前まではわたしもここに居たのだ。
懐かしい。子供の頃母と一緒に歩いた道を、独りで歩いている。独り、そう独り。
寂しさが胸に去来する。今のわたしは独りぼっちなのだ、という事実がどうしてもわたしの心を冷たくする。
『エリナちゃん』
道しるべはその声だけだ。澪おねーさんの、わたしを呼ぶ声だけが道しるべだった。その声を覚えている限り、わたしは諦めることはないだろう。
住宅地を抜けて少しすると、大きな屋敷があった。木城市に二つある大きな屋敷の内の一つだ。もう一つは誰かが住んでいるらしい。
ネットの情報と照らし合わせて、建物に相違が無い事を確かめる。
白い外壁は、まるで強固な要塞のようだ。
横に大きい木造の門は、開いているのにどこか入ろうとするものを拒むように見える。
門から見える屋敷は、まるで時代劇に出てくるような武家屋敷。見るからに普通の家じゃない。
怖い。いざ目の前に来るとすごく怖い。だって、こんなのまともじゃないから。まともじゃないのに、そこに踏み入らなければならない恐怖がわたしの中にあった。
だけど、行かないと。澪おねーさんを助けるために、自分の命をも賭けなければいけない相手なのだから。
深く深呼吸して、門の中に。扉の横にあるインターホンを押す。
心臓がバクバクと鼓動していて、すごくうるさい。うるさいったらありゃしない。
それでも、押した。だからもう引き返せない。引き返せないんだ。
少しして、インターホンから返事が返ってくる。
『はい、どちらさま?』
意外な事に、その声は女性のものだった。それで少しだけ緊張感が和らいでくれた。私は再び深呼吸して、
「あ、あの。人探しをしてまして。協力していただきたいんですけど」
そう言ったのだった。
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